2011年9月8日木曜日

π 〈パイ〉

この素晴らしきパラノイドの世界。

π ('97年)
監督:ダーレン・アロノフスキー
出演:ショーン・ガレット、マーク・マーゴリス



『ブラック・スワン』といい『レスラー』といい、ダーレン・アロノフスキーは、何かに打ちこむ人間を精神的、肉体的に追いつめる展開が好きなように思える。
ただし、これは「サディスティック」の一言では片づけられない。追いつめられた人間の精神状態は、観る側にとっても作る側にとっても、映画の題材として興味深いからだ。

デビュー作であるこの映画の主人公は、世界のすべてを1つの数式で解き明かせると信じてやまない天才数学者マックス。株式市場やカバラにおける数学を研究し、数字の核心に辿り着くにつれ、激しい偏頭痛と幻覚に苦しめられることになる。

このマックスという男、数学に関しては天才的だが、社会性は極めて低い。
自宅アパートは自作のスーパーコンピューターで埋め尽くされ、どうやって日常生活を送っているのか分からない。
とりわけ対人関係は恐怖症といってもいいほど苦手で、他人を前に萎縮する姿はまるで子ども。
ストーリーは完全にマックスの視点で描かれているので、観客は1時間25分の間、延々パラノイアックな天才の世界に付き合うことになる。

パラノイドの視点に観客を惹きこむため、アロノフスキーは加速を重視した。
ストーリーは、ボディカメラの映像、カットの連続、盟友クリント・マンセルのスコアによって加速する。ストーリーが進むに従い、マックスの狂気が加速する。頭痛の頻度も加速する。彼を取り巻く人々の緊張感も加速する。
もちろん、ストーリーに惹きこまれる人の緊張感も加速する。
結果的に、何かに打ちこむ主人公だけでなく、ストーリーに打ちこむ観客も追いつめられているのだ。

なお、アロノフスキーは、観客に神経に響く痛みを伝えることも得意である。
ここでは、たびたびマックスを襲う頭痛と、マックスの幻覚に表れる脳のイメージが、観客の脳ミソをずきずきと刺激する。特に、激しい頭痛の描写は、頭痛持ちには身につまされるほどである。
その点、観客に対してはサディスティックなのかもしれない。

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