2011年10月8日土曜日

エド・ウッド

才能の無さが才能だった。

エド・ウッド('94)
監督:ティム・バートン
出演:ジョニー・デップ、マーティン・ランドー



ダメな映画はしばしば「迷作」と呼ばれる。しかし、エド・ウッドの映画には迷いがない。迷うことなく、それはもう気持ちがいいほど間違った方向に突っ走り、ゴールでも何でもない地点で、勝手にゴールインを喜んでいるのだ。

エド・ウッドは実在した映画監督。『グレンとグレンダ』『牢獄の罠』『プラン9・フロム・アウター・スペース』など、ストーリーも演出も破綻しまくった、B級の遥か下の「Z級」といえる映画を撮り続けた。あまりのメチャクチャ加減に、「史上最低の映画監督」という称号が与えられている。
『牢獄の罠』と『プラン9』は私自身DVDで観たことがあるが、その破綻具合たるや、観終わった後にとてつもない脱力感に見舞われるほどだった。セリフが下手だの話の流れがおかしいだのは当たり前。銃で撃たれる役の芝居は下手だわ、フィルムを使い回すから同じ場面が何度も出るわ、墓石やUFOは手作り感丸出しになってるわ、宇宙人はただの奇抜なコスチューム着た人間にしか見えないわ……。
エドには撮りたい作品のビジョンがあった。強い信念もあった。何より映画への、カット1つ1つに対する、尽きることない愛情があった。ただ、「映画を作る」という才能が、致命的なほど欠落していたのだ。

この映画は、エドがかつてのドラキュラ俳優ベラ・ルゴシと出会い、ルゴシの遺作(?)『プラン9』を完成させるまでの伝記物語である。ここで描かれているエドの創作活動を見るにつけ、なぜ彼の映画がこうもメチャクチャな出来になったかが少し分かる。
「最初のカットにこそ真実がある」の信念に基づいて撮影しているため、どんなアクシデントが起きていてもすべてワンカットでOKが出される。しかも「パーフェクト!」と恍惚の表情さえ浮かべている。プロデューサーが「(ボール紙の)墓石が揺れた」と文句を言っても、「そんなこと誰が気にする?」と気にとめない。この人には映画の欠陥というものが見えていないらしい。ついでに、女装趣味のあったエドは、ときにカツラとアンゴラのセーター着用で撮影を始め、何も知らない人々を唖然とさせる。
しかし、映画一筋なエドのぶっ壊れ発言は、資金や身内の出演を第一とするプロデューサーたちの真っ当な意見よりも、妙にうまいこと映画ファンの心をとらえてしまう。実は酷評に落ち込んでいるにも関わらず、キャストやスタッフの前では明るくポジティヴに振る舞う姿、麻薬中毒に苦しんでいたルゴシを助け、限りないリスペクトを寄せる姿に、妙な愛着が湧いてしまう。才能にこそまったく恵まれなかったものの、異常なまでの映画愛で突っ走れたからこそ、エド・ウッドは一部でカルト的な人気を得たのかもしれない。

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