2012年9月18日火曜日

最強のふたり

泣かせてやらない。

最強のふたり('11)
監督:エリック・トレダノ、オリヴィエ・ナカシュ
出演:フランソワ・クリュゼ、オマール・シー



「感動!!」「全米が泣いた!!」と謳われるほど冷める。試写会で涙する観客の映像が流れるCM見るほど冷める。果ては映画本編を観ても、泣かせどころにくると逆に冷める。私が天の邪鬼または鋼鉄の涙腺なだけかもしれないが、演出する側/演じる側が「はいここ感動ですよ!!!」って無理やり涙腺を刺激しようとしてるように見えて仕方ない。泣けるほど映画の価値が高まるわけではないことは、映画ファンほど熟知していると思うのだけれど、果たして制作側/宣伝側に伝わっているのかな。
涙腺を刺激することよりも、琴線に触れることが大事だろうにね。

事故で首から下が麻痺した大富豪フィリップと、スラム街の黒人青年ドリスは、フィリップの介護者面接で出会った。ドリスは介護経験もなく、3件の不採用証明があれば失業手当がもらえるからと、証明書を受け取るためだけに来ていたのだが、同情のない態度がかえってフィリップに気に入られ採用に。生活の境遇も趣味も正反対の2人だが、ブラックユーモアと皮肉を込めたやり取りは妙に上手いこと噛み合い、互いの存在が刺激になって人生に新しい楽しみを見出していく。

正反対の人間同士が出会う→ギャップにとまどいながらも友情が生まれる→そこへ新たな壁が……という人間ドラマの王道を一応通っている本作。王道からズレるポイントは、2人のぶつかり合いがほとんどないこと、立ち向かう障壁が大きく描かれてないこと、そして普通なら感動の場面にするところで笑わせようとしていることだ。
音楽や絵画などの趣味嗜好の会話はあまり噛み合っていないうえ、ドリスはフィリップの障がいを、フィリップはドリスの介護スキルのダメさ加減をギャグにする。そこにお互いムキになるのではなく、さらにヒネた笑いで返すという、ひねくれ同士のキャッチボールが実に軽妙。ストーリーが進むにつれて、2人が互いに感化し合い、周りの人々も2人に感化されていく様子が分かるあたりが、さらにユーモラスである。
そんな風に自然に相棒になっていった間柄だからか、どことなく気持ちの通じ合うところは見せても、あからさまに「団結!」というところは見せない。少々思い切った冒険に出るときも、つらさや哀しさを打ち明けるとき/察するときも、盛り上がりすぎず自然な流れ。
しかし、ときには「感動して泣けると思ったでしょ? 残念ながら笑い入ります!」と、流れを思わぬ方向に変えてしまう瞬間も。この一筋縄ではいかないノリは、フィリップとドリスのヒネたユーモア感覚と通じるものがある。
だが本当にヒネているのは、この感動させない演出が、かえってその前後のシーンをぐっとこさせる効果を高めているということ。「ここで感動ですよ!!」といわれると冷める人には、「ここ感動するとこじゃないよ!!」とアピールしてみる天の邪鬼方式なのか……。実際、結構効果てきめんでしたけど。

意外にどストレートで来たかと思ったら、するりと涙腺をかわす変化球になり、かと思えばまたストレートに琴線にかなりの一撃を入れる。王道とヒネりを懐の深いユーモアでくるんだ本作は、劇場で大勢の観客と一緒に観たほうが、暖かさもひとしおではないかと思わされた。

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