2012年10月22日月曜日

ハロウィン(1978)

郊外こわい。

ハロウィン('78)
監督:ジョン・カーペンター
出演:ドナルド・プレザンス、ジェイミー・リー・カーティス



行ったこともない人間が言うのもなんだけど、アメリカの郊外は見ていて怖い。同じような中産階級の家が並んでて、学校時代に成立した階級制度(スポーツができて健康的なジョックスがトップで、オタク=ギークや黒ずくめでロック好きのゴスが肩身狭い)が、そこに住み続ける限り後の人生にずっと影響する。開放的に見えて、結構な閉鎖空間だ。
あれはあれでじわじわ怖いのに、そこに殺人鬼なんか放り込まれた日には……。

1963年、イリノイ州ハドンフィールド、ハロウィンの夜に、6歳の少年マイケル・マイヤーズが姉を殺害する事件が起きた。それから15年後、成長したマイケルは精神病院を脱走し、故郷ハドンフィールドへと戻る。マイケルの担当医ルーミスは彼を追跡するが、マイケルはすでに高校生のローリーに接近していて……。

スラッシャーホラーもののメインを張れる、なかなか死なない系殺人鬼の元祖、マイケル・マイヤーズ。いわばジェイソン・ボーヒーズやフレディ・クルーガーの先輩。ただし彼らとは違って、シリーズ化されたから何度も甦ったのではない。このパート1の時点で何度も甦っているのである。
過去のシーンを見る限り、マイケルはごく普通の典型的郊外住まい中産階級家庭に生まれたようだし、見た目はごく普通の男の子。しかし、どういうわけか、感情だの良心だの倫理だのがすっぽりと抜け落ちてしまっているらしい。それが証拠に、幼いころの姉殺害も、動機が何一つわからない。後のシリーズで実はマイケルの妹と判明するローリーについても、なぜそんなに殺したいのかわからない。
マイケルの心はあの白マスク(裏地がカーク船長なのはマニアなら知ってますが)そのまま、トラウマも快楽もない無表情で、限りなくブラックホールなのだ。

もともとはただの人間のはずのマイケルだったが、終盤にくると不死身の領域へ。どんなに致命傷(もしくはかなりの深手)と思われる傷を負っても、むっくり起き上がる。まるで、マスクと心の空っぽさに、怪物性が追い付いてしまったかのようだ。
ただ、厳密にいうと、マイケルは「怪物」というより「亡霊」だ。実はマイケル、殺人やヒロインとの追っかけっこに興じるよりも、ただそこいらにぬぼーーっと突っ立って、人々(その多くは後々殺される)を見つめている時間のほうが長いのである。

大いに個人的な解釈をすると、マイケルは殺人鬼である以前に、郊外で居場所をなくした亡霊だ。チアガールだったりちょっと不良な明るい子だったり彼女いる男子だったりと、日の当たるところにいる連中は、白昼だろうと夜間だろうと、マスクとツナギ姿でこちらを凝視している異様も異様な男になぜか気づかない。マジメ寄りのローリーや、いじめられっ子のトミー少年がおもにその姿を目にとめる。
郊外という閉鎖空間で、隅に追いやられがちなはみ出し者の行き場のない心の投影が、ブギーマン=マイケル・マイヤーズにも見えてしまうのである。とはいえ、そんな心の具現化に友だちをバッサバッサと殺されては、たまったもんじゃないのだけど……。

スラッシャーの先駆けとはいっても、出てくる血は申しわけ程度だし、マイケルも犠牲者メッタ切りや首ハネなどの豪快なことは何一つやってない。ただ、穏やかな日常風景(実は閉鎖的なのだが)にいつの間にか亡霊が紛れ込み、じわじわと距離を縮めてきて殺害に至るというサスペンス要素が、シンプルな物語を最大限に盛り上げている。

さらにそのサスペンスを助長させるのが、ジョン・カーペンター自身がサラリと作ってしまったこれまたシンプルな音楽。この音楽とともに流れるラストショットの郊外風景は、実にゾクッとする。
だって伝わってくるんですよ、どこかにブギーマンがいるんだって。

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