2013年1月6日日曜日

マリリン・マンソン/ボーン・ヴィラン

退廃は無理なくゆるやかに。

MARILYN MANSON
Born Villain ('12)




「昔ほど尖ってない」「昔ほどヘヴィじゃない」「昔ほど細くない」
最後のはほとんど関係ないし失礼だろうとは思うが、今のマンソンに対してはだいたいそんな感じの批評が出ている。約10年来のファン精神を持ってしても、そのへんは否定しがたい。
ただ、それでも2012年3月の来日公演のときと同様、「何はともあれ最高なんだ!!!」とむやみやたらに暑苦しく主張するスピリットは捨てきれず。理由は、「俺は生まれながらの悪人だ 被害者のフリなんてするな」(M12『Born Villain』)と、堂々と悪役であり続けるアーティストはやはり魅力的だから。
また、「薬物に溺れた悪魔も 四角い輪を頭につけた天使も 俺たちと一緒に歩いていない 俺は誰とも一緒じゃない」(M1『Hey, Cruel World.』)と、どこにも属さない唯一無二だから。
……と、何だかんだそれらしい理由づけを並べても、結局のところ「人生の師匠だから」とこれ以上ないくらい個人的な動機があるから。

本作は'09年の7th『ハイ・エンド・オブ・ロウ』の路線に近く、ミドルテンポが主体。疾走ナンバーといえるのはM11「Murderers Are Getting Prettier Every Day」ぐらいだが、サウンドがバイオレントというほどではない。このあたり、全体的にやや単調に聞こえるかもしれない。
その代わり、『ハイ・エンド…』に顕著だった荒削り感はぐっと少なくなっている。マンソンの音楽に「ダーク」「退廃的」といった形容詞は付き物だが、本作は前作よりもより洗練された方向に向かっている。シェイクスピアやボードレール『悪の華』の引用など、文学色が濃い。またマンソン自身、本作に言及する際、バウハウスやデヴィッド・ボウイのデカダンス志向を引き合いに出していた。現在のマンソンは、破滅でも破壊でも、悪ガキやホラーハウス風味でも、セルフパロディでもなく、ゆるやかな退廃に向かっているようだ。

マンソンにはカッコよく散ってほしい、破滅的なまま幕を閉じてほしいと思っているのなら、この路線はやはりヌルいように映るだろう。しかし、音楽性だけでなく思想にも惚れ込んだ立場としては、発するべきステイトメントがある限り、「反省することは何もない」(M2『No Reflection』)と宣言できる限り、たとえ満開の時季を過ぎたとしてもマンソンにはアメリカの悪の華であってほしいところだ。


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