2013年2月28日木曜日

ジャッジ・ドレッド

メガシティ・ワン残酷警察(ゴアポリス)。

ジャッジ・ドレッド('13)
監督:ピート・トラヴィス
出演:カール・アーバン、オリヴィア・サールビー



悩めるヒーローがいてもいい。何かとウジウジして話が面白くないなんて悲劇がなければ。
悩まないヒーローでもいい。能天気とか脳ミソ筋肉とか言われても痛快であれば。
しかし、ジャッジは悩んでちゃいけない。悩んでるヒマはない。即座に逮捕! 即座に判決! 即座に執行! で、だいたいは死刑だ!!

核戦争で荒廃した大陸の中、アメリカ東海岸に残った非・汚染地帯に構築された巨大都市、メガシティ・ワン。一日の犯罪件数17,000件というこの都市では、警察、陪審員、裁判官、刑執行人を兼ねたエリート集団「ジャッジ」が治安取り締まりにあたっていた。その一人であるドレッドは、ジャッジの頂点に立つ男である。
ある日、ドレッドは新人ジャッジにして人の心を読めるミュータントであるカサンドラ・アンダーソンを伴い、殺人事件の現場であるピーチツリー・タワーへと向かう。このタワーは200階建てのスラム街で、最上階に潜む女ギャング、通称ママがすべてを牛耳っていた。ドレッドとアンダーソンがママの部下を逮捕・連行しようとしたそのとき、ママはビル全体をシャットダウン、全フロアの部下たちにジャッジ2人の抹殺を命じる。75,000人もの敵が迫りくる中、2人は生き残りをかけて最上階を目指す。

メガシティ・ワンという一都市内で活躍するご当地ヒーロー……といえばソフトだが、近年映画化されてきたコミックヒーローの中では『パニッシャー』シリーズに並ぶ残虐ファイトヒーロー(1995年のスタローン版『ジャッジ・ドレッド』は黒歴史として……)。ジャッジのみが持てる銃「ローギバー」を撃てば、悪党どもが頭蓋や腹から血しぶきと肉片を撒き散らして倒れ、火炎弾で火だるまになり、白熱弾で中から焼かれる。そうでなくとも、逃走中のギャングが一般市民を思いっきり轢き逃げするオープニングに始まり、皮を剥がれた落下死体、巻き添えで次々と死んでいく一般住民など、全編ゴア描写は容赦ない。
しかし、ここまでバイオレンスを徹底させたからこそ、密閉空間で孤立無援のまま最上階のボスを倒すというシンプルでゴリ押しのシナリオが、良い具合の緊張感でピリッと締まっていた。逆に、作品中もっとも美しいシーンは、作中に登場するドラッグ「スローモー」でトリップしている瞬間だったりする。しかも、劇場ではこの人体破壊とトリップイメージが3Dで迫ってくるのだからタチが悪い。『ピラニア3D』とは近いようで少し違う、悪趣味と中学生スピリットの3Dといえる。

普通に考えると、ジャッジはむしろヒーローに倒される側のはずの人間である。逮捕も処刑もすべて独断で取り仕切っているのだから、限りなく独裁者に近い。しかし、悪人に対しても新人に対しても自分に対しても厳しく、容赦のなさには容赦のなさでもって立ち向かう、あまりにもストイックなドレッドは、法の番人なのに「アウトロー」という称号が似合う。そのストイックさの最たる象徴こそ、作中およびパンフレット内ですら決して外されることのないヘルメットと、常にへの字に結ばれた険しい口元だろう('95年版のスタローンはさっさとメットを脱いでしまったことが黒歴史として……)。
一方、新人アンダーソンは、サイキック能力の妨げになるからとヘルメットをつけない。それだけに、相手を撃つことへのとまどいやためらい、一抹の恐れが、どんなにポーカーフェイスでもあらわになる。そうした足手まとい要素をストーリーが進むごとに自力で振り払い、めざましい成長を遂げていくという、新人系キャラクターの美味しさを目いっぱい、それでいてムダなく持っている。新人系に多いやたら感情的になるきらいがないのも、さっぱりしていて好感がもてる。将来性のある優秀な人材なのだから、ジャッジ本部は彼女に特注ヘルメットを作ってあげればいいのに。しかしそうすると、彼女の可愛らしさが半分見えなくなってしまうのがもどかしい……と、つい勝手に悩みたくなってしまうのだった。

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