2013年3月11日月曜日

キャビン

すべてのホラーには理由(と愛)がある。

キャビン('12)
監督:ドリュー・ゴダード
出演:クリステン・コノリー、クリス・ヘムズワース



実は一足お先に、去年観賞していたこの映画。何か書こうものならうっかりネタバレしかねないが、ネタバレ部分こそが面白さの真髄、さてどう語ればいいものかと悩んでいるうちに……
日本版ポスターとチラシとオフィシャルサイトと予告編がそのへんを思いっきりバラしていて愕然としましたよ。

5人の若者が週末を過ごしに山小屋へ行く。スポーツ得意なイケメン、その金髪の彼女、マジメな秀才くん、マジメでピュアな女の子、マリファナ吸ってばかりのボケキャラ兄ちゃんと、その筋では定番のメンバー……ということにだいたいなっている。

道中、さびれたガソリンスタンドに寄ると、店主は怪しげな頑固じいさん。「あの山小屋には行っちゃならん」的なことを言われるが、もちろん行っちゃう。

昼は湖でキャッキャ、夜は飲み会でキャッキャする若者たち。と、そこでなぜか突然地下室に通じる床ドアが開く。入ってみると、中には古いオルゴールやらフィルムやら箱やら、あからさまに怪しいアイテムがたくさん。その中から日記帳を手に取り、謎の言葉を読み上げると、外でゾンビが復活。彼らは1人ずつ血祭りに……。

なぜ今ごろメジャー映画シーンでこんなベタベタなスラッシャー・ホラーなのか。
なぜこの手のホラーにはお約束の展開が必要なのか。
そして、ちょいちょい出てきて若者たちの様子をチェックしているスーツのおっちゃんたちは一体何なのか……。

日本では「マルチ・レイヤー・スリラー」と、分かるような分からないような宣伝をされていたが、本作が熱烈なホラー愛に基づいてつくられていることは明確である。
もちろん、残酷描写にそこそこ耐性があるならホラー好きでない人にも観てほしいという思いはあるのだが、ホラー好きだからこそ楽しめる側面のほうがデカいと言わざるをえない。
上記あらすじのホラー映画鉄板のストーリーを書くのだって、鉄板のシチュエーションや小道具を持ち込むのだって、それなりにホラー映画を観まくっているからこそできることなのだ。(『死霊のはらわた』を観たことがある人なら、舞台となる山小屋の造りにニヤリとしたくなるだろう)

ちなみに、Jホラーへのオマージュもあったりする。微妙に間違っているところもあるけど、愛は受け止めてあげていただきたい……。

とにかくネタバレ厳禁なので、面白いところに触れられないのが歯がゆくてしかたない。とりあえず、ラストは「祭り」というか「アッセンブル」というか「エクスペンダブルズ」的な……とだけは伝えたい。このラストにこそ一番ホラー愛がぎっしり詰まって、詰まって詰まって詰まりすぎてダムが決壊している。
「そこから先は――賭けてもいい。絶対に読めない」なんて日本の宣伝文句に賭けるよりは、ダムの決壊ぶりを大船に乗って血の海で揺られまくった気分でハイになって楽しんでいただいたほうがいいように思える。

96時間/96時間 リベンジ

ライバルはセガールです(たぶん)。

96時間('08)
監督:ピエール・モレル
出演:リーアム・ニーソン、マギー・グレイス

96時間 リベンジ('12)
監督:オリヴィエ・メガトン
出演:リーアム・ニーソン、マギー・グレイス



「最強のオヤジ」スティーヴン・セガールの専売特許を脅かす「無敵のオヤジ」が、まさか還暦に達してからのこのお方になろうとは……。

96時間

パリを拠点にする人身売買組織。今日も世間知らずでバカっぽいアメリカ人ツーリストの女の子に目をつけ、たやすく誘拐。あとは顧客に売りに出すだけのはずだった。しかしここで思わぬ大誤算が! 誘拐した娘の父親が、最強の元秘密工作員、リーアム・ニーソンだったのだ……!! 

(訳:元秘密工作員のブライアン・ミルズは、臨時雇いの仕事をしながら、ときどき別れた妻レノーアと17歳の娘キムに会うという引退生活を過ごしていた。あるとき、キムが友人とパリへ旅行に行くという。娘を溺愛するブライアンは反対するが、娘との仲に亀裂を入れたくないがために渋々承諾。しかし、パリ到着からまもなく、キムは人身売買の組織員に誘拐されてしまう。被害者の救出が可能なのは、誘拐から96時間以内。ブライアンは、時間内にキムを探し出すことができるのか……)

「娘のためならエッフェル塔も壊す」……と言っても幸いエッフェル塔は無事なのだが、関係者はほとんど無事じゃない。誘拐に関わった人間がバンバン撃たれて首ボキボキ折られるのはまぁ想定内としても、犯人グループの1人の両脚に電極ぶっ刺して拷問&感電死、パリ市警の汚職警官の奥さん(何も知らない)にまで銃で傷を負わせるともなれば、容赦がないにもほどがある。

もしこれがセガールだったら、「しょうがないよ、セガールだもの!!」という免罪符(という名のあきらめ)で乗り切るのだろうが、そこはリーアム・ニーソン。娘に会えてニコニコが止まらなかったり、海外旅行行きたい言われて当惑していた子煩悩パパから、我が子の危機を知った瞬間必殺仕事人の顔に変貌を遂げる。それでいて、変貌前だろうと後だろうと、すべては愛する家族のためと一貫している。それゆえ、たとえ情け無用の殺人マシーン化していようとも、優しさと意志の強さを持った頼れる父親というイメージからブレがないのである。

もちろん、ツッコミどころは上記のように山とあるのだが、リーアムのスゴみの前では「いえ、何でもありません!!」と敬礼付きで口を閉じたくなってしまうものが。

96時間 リベンジ

(娘との通話にて)「いいか、父さんと母さんはまもなく誘拐される! そして奴らはお前のところにも向かっている! だが母さんもお前も父さんが守る!!」
……以上すべて有言実行。それがリーアム・ニーソン・クオリティ。

(訳:イスタンブールで警護の仕事を終えたブライアンのもとに、前作の事件から急速に距離が縮まったレノーアとキムが遊びにきてくれた。ひさびさに家族水入らずで過ごせるかと思いきや、前作で人身売買組織員の息子を殺されたアルバニア人グループが復讐にやってきて、今度はブライアンとレノーアが誘拐される。ブライアンは再び、元秘密工作員のスキルを駆使して、妻と娘を守るべく戦いはじめる。)

少ない手がかりからパリで娘を探し出すという脅威のトラッキング能力を持つブライアン。それは自分が誘拐される側であっても変わらない。
乗せられた車が曲がる方向や時間、移動中の物音を逐一頭に入れたり、犯人グループに発見されずに助かった娘の力を借りたりで、自分の居場所を特定してしまう。それ以前にオープニングで、元妻宅でキムに彼氏がいるという衝撃の事実(当社比)を知らされたブライアンが、次に彼氏宅のシーンになるともう玄関前に立っているという、間違ったトラッキング能力の使い方を披露している。

もはや96時間というタイムリミットは関係ないし、そもそもタイムリミットがない普通の追跡劇。愛する家族のためとはいえ必要以上に相手を痛めつけるブライアンのやりすぎ感も控えめ。サスペンスとバイオレンスが前作より落ちる分、アクションに期待したいところだったのだが、それすらカメラがガチャガチャブレてキメ画に欠けるという難点が。

ただそれでも、自分の居場所特定のためにイスタンブールのど真ん中でキムに手りゅう弾を投げさせたり、まだ無免許のキムに逃走車両を運転させ「左に切れ!!」「突っ込め!!」「いいから加速しろ!!!」と地獄のカーチェイス教習所が始まるなど、ある程度はパパの暴走劇を堪能できる。いざとなったら我が娘でも使えというのが今回の教訓だろうか。たぶん違うだろうけど。
とはいえ、ある意味本当のパパの戦いは、娘に正式に彼氏を紹介されたところから始まるのだろう。


実は背後に「リュック・ベッソン製作」ってのが控えているこのシリーズ。
主人公が男なら「愛する者を命に代えても守り抜く」、女なら「愛する者を殺された復讐に燃える」って設定が大好きらしいベッソンなので(そう考えると『レオン』はベッソンにとって二重に美味しかったのかなと)、前者に相当する本作もそれなりにご満悦だったのではないかと。

また続編が作られるとしてもおかしくはないのだが、そうなると次に誘拐されるのは娘の彼氏だろうか。で、「誤解するな。お前のためじゃない。お前を愛している娘のためだ!」とか言ってリーアムパパが助けにいくとか。パート1ではただ世間知らずで不用心で観客をイラっとさせるばかりだった娘キムも、パート2ではできる限りパパの力になろうと努力するというめざましい成長を遂げていたので、今度は奥さんのレノーアに成長していただきたいところだ。何せ彼女はファムケ・ヤンセン=ゼニア・オナトップですし。

それと、タイトルは「リベンジ」のあとどうするんだろう。「アルティメット」か? 「フォーエバー」か? 「惨劇の館」か? 「リジェネレーション」か? 「怒りの○○」か? まさか「ダークサイド・ムーン」か?

(加筆:「レクイエム」に落ち着いた。でもそんなことよりファムケ・ヤンセンを活躍させないまま退場させたことのほうが問題だぞ)

勝手にエクスペンダブルズ2

もしもロバート・ロドリゲスがエクスペンダブルズを作ったら。

実は、思いつきの「ガイ・リッチー版エクスペンダブルズ」を書いたとき、ついでにもう1つ頭に浮かんできてしまったのがこのバージョン。
エクスペンダブルズというよりは、ただのロドリゲス祭りになってしまったが。あと、男祭りなのに女も結構いるけど、ロドリゲス界ではそのほうが活き活きするので……
なお、今回ストーリーはちょっとドン詰まったので割愛しました。何せどの方向でいっても『デスペラード』か『レジェンド・オブ・メキシコ』か『マチェーテ』と同じ流れになってしまったもので。誰か何か面白いネタがあったら教えていただきたいところです。

勝手にキャスティング


アントニオ・バンデラス
エクスペンダブルズのリーダー。普段の姿はバーのマリアッチ。ギターケースにたくさんの銃器を仕込んで……と思ったら、ギターそのものがマシンガンにカスタマイズされている。もちろん自前の大型二丁拳銃も携帯している。
(『デスペラード』『レジェンド・オブ・メキシコ』のマリアッチからシリアスを抜いてしまったような男)

フレディ・ロドリゲス
普段はバーの清掃係。身軽なうえ、モップでもグラスでもフォークでも、そこいらにあるもの何でも武器にできる。バンデラスにとっては頼れる右腕だが、若手で女性人気票が集まりつつあるという点で危機感を覚えさせる奴でもある。

スティーヴ・ブシェミ
何でお前がエクスペンダブルズにいる? と誰もがツッコミ入れたくなる、戦闘能力ほぼ皆無のもやしっ子。普段はバーの経理係であり、エクスペンダブルズの経理と武器調達人でもある。特技はお喋りと逃げ足の速さ。おかげでいつもうまいこと生き残れる。

ミシェル・ロドリゲス
エクスペンダブルズの紅一点(ということにしてください)。バーの調理担当兼ウェイトレス。フロアのトラブルは彼女がすべて力技込みで抑えこんでいる。ショットガンやマシンガンなど大型武器を扱うほか、ボクシングの腕も。
(外見は『マチェーテ』のタコス屋台の姉さんぐらいの可愛らしさで)

カルロス・ガラルド
バンデラスと一緒にマリアッチをやっている。バンデラスと同じく二丁拳銃と、こちらはギターケースのフタ部分にに閃光弾や催涙弾や電流ショック弾など変則型手りゅう弾を搭載。「元祖ギターケース武器庫はオレ」が口癖。
(そもそもマリアッチ三部作の一作目『エル・マリアッチ』の主人公はこの人でしたから)

ダニー・トレホ
大型から小型までナイフなら何でも扱える。普段はバーのドア前用心棒。金目当てに悪党側に寝返った……と思ったら、それは策略のうちで最初から最後まで味方であり、そのことを知っているのはバンデラスだけだった……という展開が観たい。
(マシェッティ、マチェーテ、ククイ、クッチーロと、ロドリゲスには刃物の名前をよくもらうトレホさん。このパターンを踏襲するとしたら、自分はもうフランス語の『クトゥー』かドイツ語の『メッサー』しか思いつきません)

チーチ・マリン
バーテンダー。エクスペンダブルズを日頃従業員として雇っていたり、店にたむろさせていたりする。もちろんカウンターの下には二丁ショットガン。高アルコールの酒と布とライターで火炎攻撃も。

サルマ・ハエック
エクスペンダブルズが集うバーの実質的オーナー。バンデラスの元カノらしい。元カレがギターケースなら、こちらは本の中にナイフや小型銃やときに手りゅう弾を隠し持っている。エクスペンダブルズへの仕事はたいてい彼女を通して依頼される。

ダリル・サバラ
バーで清掃係というか雑用係で働く青年。昔バンデラスに助けられたことがあり、それ以来彼に懐くかたちでエクスペンダブルズに居座る。バンデラスのギターマシンガンを作ったほか、皆さんにお役立ちガジェットを制作・提供してくれる。

ローズ・マッゴーワン
エクスペンダブルズの助っ人。一見ミニスカートの似合う美脚CIAエージェント。しかし実は右脚が偽足でしかもガトリングガン仕様になっている、伝説の女戦士。
(『プラネット・テラー』のチェリーの別バージョンみたいな)

シルヴェスター・スタローン
テキサスの最強麻薬捜査官……だがその実態は1組織と手を組んで麻薬利益を我がものにする悪徳警官。権力という意味でも筋力という意味でも、その剛腕に逆らえる者はいない。

ブルース・ウィリス
巨大麻薬カルテルのボス。邪魔な他組織をスタローンに一掃してもらい、見返りに売上を献上する間柄。組織が拡大していく過程で何度も死にそうな目に遭っているが、なかなか死なずにここまで生きているので、不死身との噂も。
(真性エクスペンダブルズのお二方に敵として登場してもらえたらと思って。一応それぞれロドリゲス映画に悪役として出演経験があるわけだし。もちろんスタローンはキッズ相手の1人6役などではなくガチの肉弾戦!! 彼らにガチで挑むのは大変危険なので、エクスペンダブルズはチーム戦でいくことをオススメします)

エレクトラ&エリース・アヴェラン
ロドリゲス映画おなじみの美女双子。カルテルに雇われている、抜群のチームプレーを誇る殺し屋。

クエンティン・タランティーノ
カメオ出演1。バーの常連客。序盤あたりにブシェミとくだらないダベリを続けていて(このくだりがムダに長い)、バーテンにそろそろ閉店だと追い出される。

ジョニー・デップ
カメオ出演2。麻薬カルテルの一員のチンピラだが、もうやってられないとばかりにCIAに情報を流したところ、察知したボスの仕向けにより双子美人殺し屋に消される。


さて、そろそろ脱線はおいといて、注文した本家『エクスペンダブルズ2』プレミアム・エディションでも拝みたいところです。

2013年3月4日月曜日

ブレイカウェイ

同じダメなら、素敵なダメになろうぜ。

ブレイカウェイ('00)
監督:アナス・トーマス・イェンセン
出演:ソーレン・ビルマーク、マッツ・ミケルセン




騙されるなよ!!
上のジャケットだとなんかいろいろ破壊するアクションみたいに見えるだろ!?
器物破損は車だけだぞ!!! しかもただのエンジンオーバーヒートで!!
キャッチコピーの「クサった人生、ぶち壊せ!」にも騙されるなよ!!
おっさん(もしくはおっさん一歩手前)たちが見苦しくも哀愁漂わせながら、コツコツと人生切り開こうとしてるだけだ!! 

40を迎えてもうだつのあがらない下っ端ギャングのトーキッド。ボスのエスキモーに借金を返すため、落ち着きがあるがヤク中のピーター、キレやすいガンマニアのアーニー、いつも何か食べている気弱なステファンら仲間とともに、地味な仕事をやらされる日々。
転機は誕生日の夜、ボスの命令で外交官の家に押し込みに入ったときに訪れた。回収を命じられたケースの中には大金が入っていたのだった。これは人生をやり直すチャンスだと、トーキッドたちはその金を持ち逃げし、新天地(希望はバルセロナ)へと向かうことに。
しかし、押し込みの際にピーターが負傷し、車がオーバーヒートし、国境近くの山の中で足止めを食らうことに。仕方なく廃屋で寝泊りしていると、今度は地元の猟師に見つかり、トーキッドは相手に話を合わせて「ここを買い取ってレストランを開く」と嘘をつく。これが、思わぬもう一つの転機となるのだった。

上記あらすじのとおり、おっさんたちは人生切り開くためにやたらめったら大破壊はしない。
文句言ったりキレたり泣き言言ったりしながら、地道に軌道修正しているだけ(アーニーの人生軌道修正だけはある筋の人たちに怒られそうだけど)。おまけに、文句もブチ切れも泣き言も、傍から見たら笑われるレベル。
ただし、4人それぞれが道を踏み外すきっかけとなった過去には、それなりの痛みや悲しみがある。そんな彼らの姿がかえって妙に愛おしくなってしまうという人間ドラマが、本当の本筋である。

ギャングとはいえ端くれだし、付き合いの長い者同士なので、揉めてもさほどオオゴトにはならない。この手のおっさんによくあるチャイルディッシュな側面も、何となく読んだ物語や詩に思いを馳せてしまったり、寒いのに全裸で湖に飛び込んでしまったりと、実におかしくも可愛らしい。
かといって、思い切ってカタギになろうとしたところで、才能があるわけでもなし、実のところ最後の最後まで「ダメ」からは完全に脱却しきれていない。
ただ、頑張って微笑ましいダメになった4人は、ただのやさぐれたダメ時代よりもいっそう魅力的に見えるだろう。

なお、本筋に関わる女性キャラに、トーキッドの元カノ・テレーズとステファンの彼女・ハンナがいる。
テレーズがトーキッドたちをつき放しつつも優しく見守っているのに対し、ハンナは一見明るいがその実かなり無神経で、4人と観客をイラつかせる役回り。おっさんたちの絆や人生軌道修正が温かく見えたのは、対照的な彼女らの存在のおかげでもあった。
ちなみに、テレーズを演じてたイーベン・ヤイレって、『ハイ・フィディリティ』のジョン・キューザックの元カノでもありましたね。もしや、ダメ男のミューズ?

ちなみに、ダメ男4人衆のうち、ガンマニアのアーニーを演じているのは、のちのル・シッフルことマッツ・ミケルセン。ことごとく「顔面骨格がチャームポイント」と推しているのだが、このときはなでつけショートヘアに口髭にタンクトップと、骨格が霞むくらい謎のスタイル。
アーニーの少年時代を演じていた子役がびっくりするほど端正で一番可愛かっただけに、それが『スクリーム』のスキート・ウーリッチくずれに成長すると思うと、アーニーのやさぐれ感ひとしおである。
でも、個人的には顔はスキートよりマッツのほうが勝ちだし、タンクトップ姿もかのジョン・マクレーンに匹敵させたいぐらいの威力です! ……と、ファンとして一応フォローしておきますよ。

2013年3月3日日曜日

スクール・オブ・ロック

初心者さんいらっしゃい。

スクール・オブ・ロック('04)
監督:リチャード・リンクレイター
出演:ジャック・ブラック、ジョーン・キューザック



「コロンブスが率いた船は?」
「ニーニャ号」「ピンタ号」「サンタマリア号」
このQ&Aにニヤリとした人とは、ぜひ友達になりたいものだ。

ロックバンドをクビになり、仕事にも就いていないダメ男が、当面の家賃のために、教師であるルームメイトの名を騙って小学校の教員となり、生徒たちにロック・スピリットを教え込む。
一見、ロック版金八先生だが、人間ドラマが極力省かれているあたりが本家金八先生との大きな違い。もし、家族との諍いや、生徒同士の仲違いなどの山場があれば、ちょっとしたドラマとしては成立するが、本当にこの映画自体ちょっとしたドラマで終わってしまっただろう。

客観的にみれば、一連の出来事は、基本的に主人公の自己満足になることばかりだし、勝手に授業プログラムを変えられた生徒たちの人生を実はダメにしたかもしれないし、学校や保護者にはただただ迷惑をかけっぱなしで収束してしまった。
しかし、そういう細かいことを隅っこにぶん投げて、気が付けばよく分からない高揚感に包まれてエンディングを迎えているあたり、華やかで骨太でパワー型のハードロックみたいな映画である。

ジャック・ブラック(通称JB)先生の授業は、「ロックの本質とは体制への反抗であり、大物(The Man)を怒らせること」等々、初心者に優しいロック講座。
「ロックの本質」は、おそらくある程度のロックファンでもとっさには答えにくいし、延々議論ができそうなテーマなので、中上級者も見ておいて損はないはず。冒頭に挙げたQ&Aのような、中上級者に嬉しい小ネタもあることだし。同時に、どれほど反抗してもロックは負けるのだというシビアな世界も、サラリとではあるが見せている。

JB自身、熱心なロックファンだし、テネイシャスDというバンド(基本下ネタ曲)で活動していたりもするぐらいなので、説得力はある。とはいえ、JB先生の模範解答は「初心者のためのロック足がかり」の域。
また、教材として示すロックも、AC/DCやディープ・パープルやザ・フーなどレジェンド級のバンド中心。もちろん、そうしたバンドはロック好きなら避けて通れない(むしろ通れと言いたい)道なのだが、どうせなら生徒の年代のコンテンポラリーなロックについても説けばいいのにという気もする。JBのオールドスクール好きがにじみ出た結果なのかもしれないけど。

ここで語られる「ロックとは何か」は、あくまでJBが敷いてくれた基礎部分。一口にロックといっても、オールドスクールやらグランジやらメタルやら数多くのサブジャンルが存在するように、そこから先、ロックに何を見出していくかは生徒たち(作中の生徒さんも観客も含めて)それぞれが考えたほうがいい。
そもそもロックって、そこにJB先生がいる場合を除いては、体制の側である学校で勉強するもんじゃないんだから。

桐島、部活やめるってよ

『桐島、部活やめるってよ』は書きにくいってよ。

桐島、部活やめるってよ('12)
監督:吉田大八
出演:神木隆之介、橋本愛




何で書きにくいかというと、パッケージにある通り「他人事じゃない」から。
映画について語るつもりが、自分の高校時代と照らしあわせて「あったわこういうパターン……」「いたよこういう奴……」と思わずにはいられないのである。
しかも、懐かしさとか思い出とかキレイな表現じゃなく、今も生々しく残る当時の感覚を容赦なくグサグサ刺してくるのだ。

バレー部のキャプテンの桐島が、ある金曜日に突然部活を辞めた。スポーツができて頭もよくて可愛い彼女もいる、校内ヒエラルキーの頂点たる桐島の不在で、周辺の人間関係には緊張感が漂いはじめ、直接的には桐島と関係のない生徒にも影響がおよぶ。
やがて彼らと、桐島とは何の接点も影響もないグループとが、火曜日に思わぬ形で関わっていく。

5日間だけ、高校だけ、ほとんど生徒たちだけで展開される、たったそれだけの話が、生徒同士のやり取りと、それによってあぶり出されるそれぞれのキャラクターでもって動く。特に、桐島が部活を辞めた問題の金曜日は、同じ一日が異なる目線でくり返され、主だった生徒たちの人間関係と性格を浮き彫りにしていく。
タイトルにもなっている桐島は、存在することはするのだが、映画の中には姿を現さない。短い間だが屋上にいた男子生徒が桐島ではないかとされているが、クレジットには「屋上の男子」と表記されているだけで、確証はない。

桐島に近いところにいる生徒たちは、桐島の姿や連絡を求めて必死になる。桐島は少なからず、彼らの世界(=高校生活)の中心または拠り所だからだ。
逆に、桐島から遠い生徒たちにとっては、桐島がいようといまいと世界は変わらない。
ただどちらに属するにしても、「結果を出さなきゃいけない」「仲間に合わせないといけない」「見下されている(ように思える)」など、そこが生きにくい世界であることは、誰にとっても同じなのだ。

アメリカのスクールカースト(ジョックス、ナードといった身分づけ)ほど明確ではないにしても、日本の高校にもうっすらとヒエラルキーは存在する。
「文化部より運動部のほうがエラい」
「同じ文化系でも吹奏楽部のほうがなんかエラい」
「必死で部活やってるよりは帰宅部のほうがカッコいい気がする」など。
何度も描かれる金曜日から浮かんでくるその様相は、あまりにも生々しく、高校時代どの階層に所属していた人間にも平等に痛さがよみがえってきそうだ。

その痛さがもっともキツイのは、ヒエラルキー下層の前田と、桐島の親友で校内ヒエラルキー上層の宏樹とのラストのやり取りと、宏樹と野球部キャプテンの最後のやり取りである。2つの会話を通して、物語は観客に残酷な現実と問いをつきつけたまま、フェードアウトしてしまうのだ。

この作品を好きになった大多数の人が感情移入するのは、神木隆之介演ずる映画部の前田と、同じく映画部で親友の武文だろう。
ルックスがカッコいいわけでもなく、スポーツはダメで、部活動は文化系においても最下層レベル(部室の場所が物語っている)。
いじめられてるわけではないが、女子に軽くバカにされてたり、いわゆる「イケてる」男子陣からの対応がちょっと雑ということは肌で感じている。
正面切っては言い返せないので、文句があるときは陰で言う(武文の『オレが監督なら絶対あいつらキャスティングしない』が、ちまっこいけど精一杯でスバラシイ)。
たぶん、自分も含めて大多数の『桐島』ファンの高校時代はこんな感じだったのかなと。

何より共感するのは、2人のゾンビ映画に対する愛情とリアリティ感。映画部顧問は「ゾンビはリアルじゃないだろ」と言うが、前田が話に持ち出そうとした『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』しかり、優れたゾンビ映画は少なからず現実の恐怖や生活習慣を反映している。
だから前田と武文も、渾身のゾンビ映画『生徒会・オブ・ザ・デッド』に、2人にとって半径1mのリアルである「疎外された学校生活」を投影している。さらに、2人に感情移入した人間ならば、すべてが入り乱れた終盤の「こいつらみんな食い殺せ!!」に感動すらおぼえるだろう。

ちなみに……作品と照らしあわさずにはいられない自分の高校生活。
スポーツはダメだし、文化部だし吹奏楽じゃないし、映画部顧問の語る半径1m以内の青春とは無縁だったし、内輪ネタやゴシップで盛り上がる女子グループの目には存在してなかったりしたし(映画の中の前田くんとまさに同じ状況すぎて痛い)、映画は撮ってないけど一番のリアルは映画とロックだったし、まぁ校内上層組じゃなかったなとは思う。
ただ、後に当時の友人が語ったところによると、校内では0.1%ぐらいしかいない万年私服生で(うちの高校には制服着用義務はなかった)、たいがい1人でウロウロしてる自分は「コワい人」だと思われていたという事実が。

恐るべきは、現在に至るまでこの方向性からほとんどブレていないということ。だから余計に、何度『桐島』を観ても痛いところは徹底的に痛いし、ほかの人にとっては笑えるところも笑えないどころか泣けてきてしまうのかもしれない。

そんなわけで、自分はどうしてもすべてを前田くんと武文くん目線から見てしまうので、これをかすみ、宏樹、沙奈、沢島、あるいは竜汰や桐島目線で見た人がいたら、その人は何を思うのかを知りたいところです。