2013年1月20日日曜日

ベルフラワー

見せてやろう、ボンクラの真の力を。

ベルフラワー('11)
監督:エヴァン・グローデル
出演:エヴァン・グローデル、ジェシー・ワイズマン



ここ数ヵ月、ブログ上でもTwitter上でも口頭でも使用頻度が格段に増えた表現「ボンクラ」。
「オタク」というほど世間に浸透した感もなく、「おバカ」というほどチャーミングでもなく、かといって「変態」というほど危険性はなくむしろ基本的に人畜無害で、そのくせムダなエネルギーは余りまくっているとでもいうような。ただ、そのボンクラエネルギーでもって、イイ映画(良作、アホ作両方込み)を作ってしまうようなスゴいボンクラも中にはいる。
で、本作の監督/主演のエヴァン・グローデル。この人も話を聞く限りボンクラには違いないんだけど、これが「イイ映画」なのかというと非常に微妙なところで。

『マッドマックス2』の世紀末的世界観と悪役ヒューマンガスに憧れ、定職にも就かず火炎放射器と改造車「メデューサ」の製造にはげむウッドローとエイデン。ある日ウッドローはバーでミリーという女性に会い、熱烈な恋に落ちるが、ミリーの浮気で破局。失意を引きずったままのウッドローは、ミリーへの恨みと世界の破滅への思いとが錯綜し、現実と妄想が入り乱れ始める。


注:ある程度伏せてはいますが、以下の文には若干ネタバレにあたる記述があります。


「ベルフラワー」は、エヴァンが実際にお住まいのロサンゼルスの小さな街にある通りの名前。メデューサ作りから失恋から現実と妄想のカオスぶりまで、ぶっちゃけストーリーはエヴァン自身の実録。さらに、ミリーを演じたジェシー・ワイズマンは、実際にエヴァンと付き合っていた挙句二股かけて関係を終わらせた張本人。
つまり、エヴァンは自分の失恋体験をほぼそのまんま映像化しちゃったのである。世紀末だ世界の破滅だといってるが、ベルフラワーを中心にウッドローの周辺(心の中含む)だけでほとんど収まってしまう話。メデューサと火炎放射器(ついでに、自分の思うような粗い映像の撮れるカメラ)をガチで製造してしまったボンクラパワーはある意味スゴいが、その後の虚実入り乱れた展開までガチで再現するのは、カタルシスが生まれるというわけでもないし、失恋体験を消化しきれてないのではという気もする。ある人をどん底まで追い込んだ体験が他人に響くかというと、必ずしもそうとは限らないしな。

ところが、これが響いちゃったのである。対象はもちろん、少なからずウッドローに似たボンクラたち。そのうえ、カタルシスが生まれないはずの終盤に涙さえ生まれることもあった。
映画を作るなどのクリエイティヴィティを除けば、ボンクラの真の実力とは、「なんにもできないこと」なのである。いくらデカいことを言っても、想像力(あるいは創造力)がたくましくても、重要な局面でそれを活かすことはなかなかできない。たとえ世紀末に憧れても、火炎放射器やメデューサを作る力があっても、ヒューマンガスになんかなれっこない。手下のザコキャラになれるかすら怪しい。それがボンクラのステータスなのである。カオスの果てになんにも生まれない終盤の様相は、そのことを観客のボンクラ魂に痛いほどガツンと思い知らせた。
だから、ラストにエイデンがウッドローに長々と語る「お前はヒューマンガス様になるんだ」というくだりは、叶いっこない夢をツラツラ言ってるだけの、一見空っぽの話にすぎない。しかし、すべてにドン詰まってしまったボンクラにとっては、この上なくピュアでまっすぐな救いの手であり、友情の証なのだ。

2013年1月15日火曜日

ミューズ@さいたまスーパーアリーナ

膨張に飽きたら別の次元を作ればいいじゃない。

MUSE
2013.01.11. さいたまスーパーアリーナ

セットリスト
1.The 2nd Law: Unsustainable
2.Supremacy
3.Map Of The Problematique
4.Panic Station
5.Resistance
6.Supermassive Black Hole
7.Animals
8.Knights Of Cydonia
9.Explorers
10.Exogenesis: Part 3 (Redemption)
11.Time Is Running Out
12.Liquid State
13.Madness
14.Follow Me
15.Undisclosed Desire
16.Plug In Baby
17.Stockholm Syndrome
‐ Encore1 ‐
18.The 2nd Law: Isorated System
19.Uprising
‐ Encore2 ‐
20.Starlight
21.Survival


クラシックもジャズもポップもメタルもブラックホールのように吸収し、世界から宇宙にまで広がり続ける。それがミューズの音楽だった。
そんなに巨大になってどこに行くんだろうと思っていたら、昨年発表の6th『The 2nd Law』では、4thと5thまではかろうじて保っていた「ギター・ロック」という基盤から逸脱し、サンプリングやダブステップを多用した音楽性。今まででもっとも「ミューズらしくない」音でありながら、常に進化し続けて遂に新しい次元へ飛び立ってしまった「きわめてミューズらしい」作品となっていた。
そんな最新作と、クイーンのごとき過剰の美学が詰まった今までの曲とが融合した、しかもフルスケールのライヴときたら、絶対スゴいに違いない! ……と思っていたら案の定、というか想像を軽く飛び越えて、とんでもないことになっていた。

どえらい行列のグッズ販売とクローク待ちのおかげでサポート・アクトには間に合わなかったものの、本番には何とか滑り込み。「Exogenesis: Part3(Redemption)」のパラパラアニメーションで突如ミューズと縁深くなった鉄拳さんの出現が、開幕直前のちょっとしたジャブ的サプライズだった。
幕開けは前評判通り、「Unsustainable」のセッションから「Supremacy」のドラマティックなベース&ドラムライン。ミューズらしからぬ最新作の音から入ったのに、もうミューズ以外の何物でもない劇的展開が始まっている。
真っ赤だったりラメ入りだったりと、ここ最近はきらびやかなマシュー(Vo./G)の衣装だが、今回はシンプルな黒のライダースジャケット。銀の全身タイツだったりガチャピンの着ぐるみだったりと、ここ最近はお笑いコスチュームだったドム(Ds.)も、シンプルな白のタンクトップ。クリス(B)がシンプルな服なのは……まぁいつものことなので。
そういえば、マシューの日本語MCは相変わらず早口で、ヒアリングが大変だったよ。

衣装の奇抜さに取って代わったのは、ステージエフェクトの奇抜さだった。「Panic Station」で、ステージ上空から逆さピラミッドが出現。1つ1つのブロックがディスプレイになっていて、ブロック1つ1つにエイリアンが出現。メンバーのクローズアップも映し出される。「Animals」では、財界から世の中を牛耳るCEOを皮肉ったストーリー調の映像が流れる。しかも、ときどきピラミッド型から組み変わる。さすが、前回ツアーで会場にUFOを飛ばしたミューズ。エフェクトは可能な限り使いぬく。レーザーもたくさん飛んだしね。
今までライヴの幕開けかラストを飾っていた「Knights Of Cydonia」が、本編8曲目という中途半端なポジションに投げられていたのが、個人的には嬉しい。アンセムとされてきた曲をあっさり特別扱いしなくなる冒険精神は大好きなもので。また、演奏されなかった公演もあったので、果たして今回来るかどうか分からなかった「Explorers」にも感激。ここから、日本で特別に演奏された「Exogenesis」(ピラミッドに鉄拳のパラパラアニメーション付き)の流れで、2013年ライヴ初泣きとなった。
最新作で初めてメインボーカルが2曲収録されたクリスだが、彼のボーカル曲は公演によって「Save Me」だったり「Liquid State」だったりと変わるらしい。今回は後者。当初は前者のほうがいいかなぁと思っていたのだが、よりロック色の濃い「Liquid State」でも大正解のようで。しかし、せっかくメインを張ったのに、MCらしいMCもなくすぐに引っ込んでしまうんだねクリスは。インタビューではそうでもないのに、ステージ上では一番のシャイに見えてしまう。(本当のところはマシューも相当シャイなようだが)

レンズがディスプレイになった特殊サングラス着用のマシューもちょっとマッドな「Madness」を経て、「Follow Me」~「Undisclosed Desire」のパートが、ミューズのもっとも斬新な側面だったかもしれない。なにしろ、今までお気に入りのおもちゃのようにギターを手放さなかったマシューが、初めてギターなしでマイク片手に歌ったのだから。しかも、「Undisclosed…」では、アリーナ通路に降りていって、オーディエンスと握手して回っていた。そんなマシューを目にしたクリスが思わず笑顔になっていた。実際のところ、クリスにはアルコール中毒の克服をマシュー&ドムに支えてもらっていたというエピソードがあったのだが、それを踏まえてもアリーナをひた走るマシューを見るクリスの笑顔は、やんちゃ小僧を暖かく見守るパパに見える。
今回のツアーでは、ファンからの人気曲「Stockholm Syndrome」「New Born」のうちどちらを演奏するか、ルーレットで決めるという演出がある。上の逆ピラミッドからボールが落ち、ステージ底辺を囲むスクリーンのルーレット台に止まるのである。個人的には、どっちの曲も好きなので、どっちが当たっても嬉しいし残念でもある。この日は「Stockholm…」だった。
レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの「Freedom」をジャムセッションする中(ミューズはよくセッションにレイジの曲を使う)、3人を覆い隠すようにして逆ピラミッドが正ピラミッドに組み変わりながらステージ上に降り立ち、本編が終了した。

「Isorated System」を経て、「Uprising」のベースラインで再び会場は沸く。マシューとクリスは左右の花道にすぐ現れたが、ドムのドラムセットは完全にピラミッドの後ろに隠れてしまっている。その代わりなのか、ピラミッドにはドムが空手でスーツの男たちをなぎ倒す『キル・ビル』チックな映像が流れていた。ようやくピラミッドが持ち上がったとき、ドムの格好が映像に映っていたユマ・サーマンもどきの赤ツナギになっていたことが判明。アンコールでのお着替えは、ガチャピン着ぐるみ着てきた前回ツアーのノリと変わっていないような。
2度目のアンコールは「Starlight」でハンド・クラップが続き、最後はロンドンオリンピックのメインテーマ「Survival」。マシューの雄叫びに、熱いはずのアリーナが一瞬寒くなるほどのスモークが巻き上がり、ラストの歌詞「Yes, I'm gonna win」を体現するような幕切れとなった。ミューズのライヴ、とりわけラストに「劇的」という表現はつきものだが、見る度に劇的の度合いが跳ね上がっているようだ。

過剰なほどのスケールとドラマでもって膨張を続けた音楽世界から、新しい音でもって別の次元を作り出す。そんなあまりにもバカでかい「新たな一歩」を、壮大なステージで成し遂げる。下手するとただ大仰なだけのステージだが、終わってみればすべて必然。
荒削りもカッコよさのうちになるロック界において、ミューズは今もっとも荒削りから遠く、「洗練」「完璧」という言葉にふさわしい。それでいて、というより、それだからこそカッコいいロック・アーティストなのだ。

 
クリスが来た! とカメラを向けるも、体感距離とレンズ距離にはかくも違いが……
 
ステージ上空に出現する噂のピラミッド。
 
 
そして怒涛のレーザー祭り。 

2013年1月6日日曜日

マリリン・マンソン/ボーン・ヴィラン

退廃は無理なくゆるやかに。

MARILYN MANSON
Born Villain ('12)




「昔ほど尖ってない」「昔ほどヘヴィじゃない」「昔ほど細くない」
最後のはほとんど関係ないし失礼だろうとは思うが、今のマンソンに対してはだいたいそんな感じの批評が出ている。約10年来のファン精神を持ってしても、そのへんは否定しがたい。
ただ、それでも2012年3月の来日公演のときと同様、「何はともあれ最高なんだ!!!」とむやみやたらに暑苦しく主張するスピリットは捨てきれず。理由は、「俺は生まれながらの悪人だ 被害者のフリなんてするな」(M12『Born Villain』)と、堂々と悪役であり続けるアーティストはやはり魅力的だから。
また、「薬物に溺れた悪魔も 四角い輪を頭につけた天使も 俺たちと一緒に歩いていない 俺は誰とも一緒じゃない」(M1『Hey, Cruel World.』)と、どこにも属さない唯一無二だから。
……と、何だかんだそれらしい理由づけを並べても、結局のところ「人生の師匠だから」とこれ以上ないくらい個人的な動機があるから。

本作は'09年の7th『ハイ・エンド・オブ・ロウ』の路線に近く、ミドルテンポが主体。疾走ナンバーといえるのはM11「Murderers Are Getting Prettier Every Day」ぐらいだが、サウンドがバイオレントというほどではない。このあたり、全体的にやや単調に聞こえるかもしれない。
その代わり、『ハイ・エンド…』に顕著だった荒削り感はぐっと少なくなっている。マンソンの音楽に「ダーク」「退廃的」といった形容詞は付き物だが、本作は前作よりもより洗練された方向に向かっている。シェイクスピアやボードレール『悪の華』の引用など、文学色が濃い。またマンソン自身、本作に言及する際、バウハウスやデヴィッド・ボウイのデカダンス志向を引き合いに出していた。現在のマンソンは、破滅でも破壊でも、悪ガキやホラーハウス風味でも、セルフパロディでもなく、ゆるやかな退廃に向かっているようだ。

マンソンにはカッコよく散ってほしい、破滅的なまま幕を閉じてほしいと思っているのなら、この路線はやはりヌルいように映るだろう。しかし、音楽性だけでなく思想にも惚れ込んだ立場としては、発するべきステイトメントがある限り、「反省することは何もない」(M2『No Reflection』)と宣言できる限り、たとえ満開の時季を過ぎたとしてもマンソンにはアメリカの悪の華であってほしいところだ。