2015年4月30日木曜日

劇場版 ビーバス&バットヘッド DO AMERICA

ビーバス&バットヘッド あるいは(無知がもたらす思わぬ奇跡)。

劇場版 ビーバス&バットヘッド DO AMERICA('96)
監督:マイク・ジャッジ
出演(声):マイク・ジャッジ、ブルース・ウィリス、デミ・ムーア




『バードマン あるいは(無知がもたらす思わぬ奇跡)』関係者の皆様およびファンの皆様すみません。だって、コイツら本当にバカで無知ゆえに、奇跡的なまでの惨劇と活躍を見せてくれちゃうんだもんよ。

アメリカは架空の町ハイランドで、テレビを観てばかりで過ごしているバカの14歳コンビ、ビーバス&バットヘッド(B&B)。ある日、眠っている間に大事な大事なテレビを盗まれてしまった。テレビがなければ生きていけない2人は、意地でもテレビを観ようと侵入したモーテルで、勘違いが重なった末にギャングの妻の暗殺を請け負ってしまう。一路ラスベガスへ送られた2人はターゲットの妻の元へ赴くが、今度は言いくるめられて超小型の細菌兵器を持たされたままアメリカを横断することに。暗殺依頼人のギャングやFBIが追跡する中、そんなヤバい事態になっていようとはひとっっっかけらも理解できていないB&Bの行く末は……?

元のMTVシリーズ未見のまま、本作を初めて観たのが高校生のとき。絶え間なく続くB&Bの「エヘヘヘヘヘ」という締まらない笑いに若干イラッときたものの、その当時の自分にも身に染みて分かるほど強烈な教訓を得た。それは「バカで無知ほど恐ろしく、なおかつ無敵なものはない」ということだ。
熟慮なんてことはもとより、少し考えることすらロクにできないB&Bは、暗殺依頼がいかに危険な要件なのか分かっていない(それどころかセックスの話と勘違いし童貞卒業のチャンス! と盛り上がっている)。細菌兵器のことは気づかないように持たされたから仕方ないとしても、もっとヤバい話を持ちかけられていることはまったくわかっていない(それどころか金と女が手に入ると勘違いしている)。人と場合によっては巻き込まれ型サスペンスになりそうな土台でも、バカが中心にいるだけですべて脱力&下ネタと化す。
B&Bは徹底して無知でもある。ラスベガスからワシントンまで行けと言われても、どれほど距離があるか知らないゆえに、「ワシントンってこっちの方向? じゃ行くか」と広大な砂漠のど真ん中を歩き出す。走行中の車から飛び降りることがいかに危険かも知らないから、「着地と同時に走れば大丈夫じゃね?」と実行してしまう。考えようによっては無知だからこそできる思い切った無茶なので、知識によって抑制がかかっているより人生エキサイティングなんじゃないですか? ……と観ているこっちが勘違いすることもあったりなかったり。
個人的に一番恐ろしくも面白いのは、彼らが文字もロクに読めないがために(そしてテレビの成人指定チャンネルが見られると勘違いしたがために)、フーヴァーダム決壊を招くところ。バカは時として大惨事を招く。

しかし何がタチ悪いかって、バカじゃなきゃ大丈夫なのかというと、決してそんなことはないってこと。B&Bが通う学校のカウンセラーの先生は、ソフトなことばかり言って不良のB&Bに厳しい指導ができない。逆にB&Bにキビしくあたる校長も、生徒のためを思う指導じゃなくて自分の精神不安定の原因を排除したいからそうしてるだけ。しかもいつも「あぁぁぁあぁ~」と小刻みに震えていて、どう見ても頼れない。頼みの綱のFBIも、実はB&Bがただのバカであることは見抜けなかったわけだし……本当に「アメリカする(DO AMERICA)」映画だね。この国ヤバいぞという内部告発的な意味で。

ちなみに、もとはMTV放映のアニメーションということで、音楽勢はやたら豪華。オープニングはアイザック・ヘイズだし、挿入曲にオジー・オズボーンもあるし、砂漠で死にかけてるB&Bが見るサイケデリックな幻覚アニメはロブ・ゾンビの作。音楽以外で贅沢なことには、お互いに殺し合い騙し合いをくり広げるギャングの夫婦の声がブルース・ウィリス&デミ・ムーアと、当時ホンモノの夫婦だった2人。デミ・ムーアはともかく、ダイハードなブロックバスター映画のみならず年に最低1回はB級映画に顔を出すようなブルース・ウィリスの姿勢は、この当時からブレてないんだな。

2015年4月29日水曜日

Repo! The Genetic Opera

歌って踊ってザックザク(刺殺音)。

Repo! The Genetic Opera('08)
監督:ダーレン・リン・バウズマン
出演:アレクサ・ヴェガ、アンソニー・スチュアート・ヘッド



スラッシャー映画とミュージカル。ヘンな組み合わせに思えるかもしれないが、ある種の人間には大変にテンションの上がる最強コンボである。問題は、一般的に需要が限られていることと、「ある種の人間」というのが自分の周辺で自分しか心当たりがないことだが。

2056年、世界規模で発生した内臓の疫病の蔓延で、人類の多くは死滅していた。ジーン・コーポレーションが開発した臓器移植という対抗策が生まれてからは、病は脅威ではなくなり、整形手術ですらファッション感覚で受けられる時代になっていた。ただし、臓器移植にかかる医療費はローン制であり、返済が滞った移植者は臓器を強制的に没収=殺害される。その殺人を請け負う人間こそ、ジーン社に所属する合法的暗殺者「レポマン」だった。
政府並みの力を持つジーン社だが、社長の座に就くロッティ・ラルゴには死が迫っていた。ラルゴ家の後継者は、短気ですぐ周りの人間をザクザク殺してしまう長男ルイージ、美容整形手術中毒の長女アンバー、女の顔の皮膚をマスク代わりに被るのが趣味の次男パヴィ。当然ロッティはバカでサイコな我が子らに会社を継がせるつもりはなかった。
ジーン社が牛耳る街には、シャイロという17歳の少女が住んでいた。極めてまれな血液の難病を抱える彼女は、家から一歩も出ることを許されずに生きてきて、孤独と苛立ちを密かに募らせていた。父ネイサンは、亡き妻の忘れ形見であるシャイロを大切にしていたが、そんな我が子にも打ち明けられない秘密を抱えていた。妻の死の本当の原因は、自分の作った治療薬であったこと。そして、ジーン社のもとでレポマンとして債務者の臓器を回収していること……
シャイロとネイサン親子、ラルゴ一家の運命は、ジーン社主催のステージ「ジェネティック・オペラ」の夜に交錯していく。

『SAW2~4』のダーレン・リン・バウズマンの監督作……ということよりも、元X-JAPANのYOSHIKIがサントラのプロデューサーを務め、サラ・ブライトマンとパリス・ヒルトンが出演しているということが日本では宣伝になったらしい。劇場公開はされたのに、その後権利関係の問題なのか、ソフト発売はされていない。確かに観る人を非常に選ぶ作品ではあるけれど、日本盤が出ないのはやはりもったいない(輸入盤での購入は可能だが)。
ダーレン・スミス&テレンス・ズダニッチが手掛けるロックミュージックに、血しぶきと内臓溢れる古典的スプラッター色、それに手術台や車椅子などからうかがえる『SAW』風味がなぜか相性抜群。さながら、スタイリッシュとグロテスクを増長させた『ロッキー・ホラー・ショー』となった。実際、ロッキー・ホラーの流れをくむカルトミュージカルになることは間違いないと思われる。一緒に歌ったり合いの手入れたりする「観客参加型」で観賞しても面白いだろうしね(日本国内で出来るもんならなぁ!!!!)
個人的には、ジグソウ作のヤな死に様量産装置がガチで痛覚神経に訴えてくる『SAW』シリーズより、内臓引きずり出しながらノリノリで歌ってる本作のほうが見やすくていいですね(それはそれでどうよという意見も一般には多いでしょうが)。

もう一つ『ロッキー・ホラー・ショー』との類似点であり、またこの後のバウズマン&ズダニッチ作ミュージカル『The Devil's Carnival』にも通ずる点が、濃いキャラクター祭りである。
一番曲者ぞろいなのがジーン社のメンバー。ボスのロッティ=マフィアのボスといえばこのお方のポール・ソルヴィーノを筆頭に、チョップトップことビル・モーズリィ&スキニー・パピーのニヴェック・オーガがバカ兄弟、バカ姉貴に至ってはパリス・ヒルトンだ。特にパリスは、我がままで金遣いが荒くて、女王様のような恰好で闇マーケットにクスリ(一応整形手術用の鎮痛剤なのだが依存性が高い)を買いに来るという堕落令嬢。現実のパリスの素行を顧みるに、禁句だろうが「それ演技じゃなくて地じゃないですか……?」とツッコミたくもなる。
パリスのほかに出演が宣伝になったサラ・ブライトマンは、視力と引き換えに未来永劫ジーン社に尽くさねばならなくなったオペラ歌手ブラインド・マグ。歌はもちろんのこと、作中随一の良心としても一際光っている。また、物語の語り部的な役割である墓泥棒を演じているのは、スコア担当のテレンス・ズダニッチ。低い歌声が大変魅力的です。ちなみにもう一人のスコア担当ダーレン・スミスは、ジェネティック・オペラのぶっ飛んだバンドマスターです。
こうも濃いキャラだらけだと主役級がかすむのではという危惧もあるのだが、本作はむしろシャイロ役アレクサ・ヴェガのピュアさと芯の強さが際立つようになっているので安心。歌もイイし。なお、ネイサン=レポマンのアンソニー・スチュアート・ヘッドは、実は舞台版『ロッキー・ホラー・ショー』でフランクをやったこともあるらしい。確かにあの声はフランクに似合うなぁ。それも観てみたいよ。

予告編。この時点で「カルト・クラシック」と銘打たれているがそれも正しい。
中盤あたりから聴けるのがアンソニーの歌声。この声のフランクか……いいな!

闇市で墓泥棒が違法に精製した鎮痛剤(ザイドレイト)を売りさばく「Zydrate Anatomy」。
美容整形中毒のアンバーもザイドレイト目当てにやってくる。
テレンスの素晴らしいボイスと、もはや演技とは思えないビッチなパリスが拝めます。
イメージとはいえ少しだけ流血があるので苦手な方は注意。

警告を伝えるためシャイロのもとを訪れたブラインド・マグが歌う「Chase The Morning」。
実は彼女にとってもシャイロは大切な子なのである。
本作のサラ・ブライトマンは人間離れした魅力に満ちているよ。

しかし個人的に一番お気に入りの曲は「Mark It Up」ですね。
「会社を継ぐのはオレだもん」というバカ兄弟(ビル兄さんとオーガ)の争い。
作中ではまだソフトなほうとはいえ一応流血ありなので注意。

2015年4月20日月曜日

ホラー・シネマ・パラダイス

世間よ、これがホラーファンだ。

ホラー・シネマ・パラダイス('10)

監督:ジョシュア・グラネル
出演:ナターシャ・リオン、トーマス・デッカー

  

「世界には僕を見てほしくない/理解してるとは思えないから」(グー・グー・ドールズ『Iris』)という歌詞は好きだけど、実際のところは世間に自分みたいな人間を多少なりとも理解していただきたいからこの記事は見てほしい。特にこの手のジャンルの話に関しては。

愛する父から受け継いだ映画館ヴィクトリア・シアターを運営しているデボラ。深夜のホラー上映だけが売りの劇場は観客もまばらで経営難だが、劇場を敬愛する映写技師トゥイグスは無償で働き続けてくれるし、ホラー映画を愛する高校生スティーヴンも足しげく通い詰めていた。だが、デボラの意地悪な母は勝手に映画館の売却話を進め、罵りまじりに契約書へのサインを要求。
逆上したデボラは、衝動的に映画館のロビーで母を殺してしまった。しかも、その夜の上映作品の映写機をスタートさせるつもりが、パニックのあまり先ほどの殺人を映した監視カメラの映像をスクリーンに流してしまった。だが、その映像はよくできたアマチュアスラッシャー短編と勘違いされ、スティーヴンら観客に大ウケ。
ここに映画館再生の道を見出したデボラとトゥイグスは、サイコで暴力的なメンバーを迎え入れ、本物の殺人ショートフィルムを次々作成し上映。評判はたちまち拡散し、ヴィクトリア・シアターには観客が殺到、デボラは一躍新進気鋭のホラー監督として有名に。スティーヴンもファンとしてデボラの成功を喜ぶが、次第に映画の中の殺人は本物ではないかと気づき始める……。

陽気なスラッシャーを観にきたつもりだった。いや確かに陽気なスラッシャーを存分に楽しんだ。しかし同時に、「ホラー映画(特にスラッシャーもの)を楽しむ人=あなたとは」という姿を、ホラー好きのスティーヴンを鏡として見せてくる映画でもあった。
言うまでもなく私はホラー/スラッシャーが大好きだ。登場人物のエグい死に様が好きだ。殺人鬼の不気味な佇まいや非道な性格が好きだ。しかしそうやって笑っていられるのは、今スクリーンの中で起きている死は現実じゃないと知っているからこそ。もしスクリーンに映っている殺人が本当だとしたら、この映画のために惨殺された人が本当にいたとしたら、それはきらびやかな悪夢じゃなくてただの悪夢だ。現実の死は基本的に悲劇でしかない。だから、デボラの映画が本物の殺人と知ったとき、スティーヴンの心はたちまち彼女から離れていく。
しかし、世間の目はむしろ逆。ホラー好きってことは何か心の闇でも抱えているんじゃない? ホラー好きは変質者に決まってる! ホラー好きなんだからそのうち事件を起こすに違いない! ……と、親から同級生から教師から、スティーヴンに対する風当たりは厳しく、デボラの起こした殺人事件(傍目には失踪事件)でスティーヴンが疑われるというとばっちりすら受ける。中でも「マリリン・マンソンだって教師が彼のことをもっと気にかけていればああはならなかったはずよ」というスティーブンの担任の言い分には「ふざけんなぁぁぁ!!!!」と劇場で立ち上がりたい気持ちになりましたね。気持ちだけは。
ホラー好き=異常者なんて安直な発想だなぁ……と悠長なこと言っていたいけど、現在の日本においては前述の「ホラー」を「萌え系アニメ」に置き換えたような論調が存在するだけに、対岸の火事には思えない焦燥感よ。

本作はスクリーン上に本物の殺人が映される悪夢を描いているのだが、そもそもこの作品自体もちろんフィクションなので、極彩色と濃いキャラたちとノリの良さがブレンドされた楽しい悪夢だ。『All About Eve(イヴの総て)』をパロったタイトルから、昔のホラー映画ポスターをパロディにしたオープニングクレジット、それに「Kill her, mommy」や「It's only a movie」みたいなベタベタな引用もイイ。
中でも最高のブラックユーモアは、デボラ作の殺人ショートフィルムの使われ方。携帯で喋りっぱなしのゴス女のおっぱいをギロチンにかける映画=「上映中の携帯はオフに」、お喋りで声もデカイ女の口を縫い合わせる映画=「上映中はお静かに」という劇場マナーCM映画なのだ! マジでマナーCMとして各劇場で上映してほしいぐらいですよ! これ観てドン引かないくらい心臓の強いお客さんしか来なくなっちゃいそうだけどね!!
そういえば、本作のジョシュア・グラネル監督、何と本作に出演しているドラァグクイーンのピーチズ・クライストさんその人であることが判明。もしや、濃いキャラアンサンブルや世間の偏見を描くのが上手いのはここに起因するのでしょうか……?

↓監督さん(映画出演時モード)。


ちなみに、そんな濃いキャラ祭りの本作における極私的MVPは、デボラの映画製作クルーに勧誘された暴力人間エイドリアンを演じるノア・セガン。ド変態なぐらいが面白いという稀有なイケメンであることが証明された。ノアといえば『LOOPER』のキッド・ブルー君だったが、やること成すこと空回りのブルー君よりエイドリアン君のほうが何百倍も人間としてダメだよ(スラッシャーものの加害者においては褒め言葉だよ)。あと、登場から退場に至るまで不機嫌顔を崩さない美人殺人鬼双子ちゃんも良かったなぁ。スティーヴンのお母さんだって実はエルヴァイラの中の人だったし……。
改めて言おう。陽気な極彩色スラッシャー万歳!!!

2015年4月4日土曜日

The Devil's Carnival

捨てる神あれば、拾う悪魔あり。

The Devil's Carnival('12)
監督:ダーレン・リン・バウズマン
出演:テレンス・ズダニッチ、エミリー・オータム



遥か昔、保育園に置いてあった紙芝居『蜘蛛の糸』は、その地獄絵図の生々しさゆえに私を含めた園児たちのトラウマになった。それにひきかえ、成長してから映像作品で観てきた地獄は、キリスト教的価値観に対する反発が強いアーティストのものが多いせいか、活き活きしてて天国よりも楽しそう。地獄の怖さを教え込むのも道徳教育の一手段ではあったと理解はしているものの、ポップな地獄を知った今となっては、あのときのトラウマ体験を返せこの野郎! との一言も言いたくなりますよ。

作り損じの人形=出来損ないの魂をゴミ箱へ捨てる神。今宵も3つの魂が捨てられた。幼い息子の死を悲しむあまり自ら命を絶ってしまったジョン。悪質なボーイフレンドから逃げようとして殺されたタマラ。警察に包囲され射殺された宝飾品泥棒のメリーウッド。
気が付くと3人は、色鮮やかながら毒々しいカーニバルの会場=地獄にいた。地獄はルシファーが主催するカーニバルであり、堕ちてきた人間たちの罪を童話になぞらえてショーを催していた。メリーウッドは「犬と肉(The Dog and Her Reflection)」、タマラは「サソリとカエル(The Scorpion and The Frog)」、ジョンは「悪魔とその対価(The Devil and His Due)」のショーへ……

本作における地獄とは、神が失敗作の人形=魂をポイするゴミ捨て場。盗癖のあるメリーウッド、キリスト教におけるタブーである自殺を選んだジョンはもとより、深く考えずに悪い相手を信じてついていく悪癖はあるものの罪深いとはいえなさそうなタマラですら地獄行きなのである。つまり、己の美意識にそぐわない魂を簡単に捨てる神は、堕ちてきた魂をカーニバルの出し物として弄ぶルシファーと同じくらい悪辣な存在として描かれている。「無垢な子どもを殺すのは悪魔の仕事ではない。神の権限だ」とは本作のルシファーの弁。
しかし、「堕ちた魂を拾い上げてくれる」と解釈すれば、むしろルシファーのほうが神よりずっと懐が深いのではないか? 罪を童話になぞらえたショーを見る限り、神よりユーモアを解しているのではないか? 不気味でありつつ活き活きとして陽気なカーニー(カーニバル構成員)たちを見る限り、天国より地獄のほうがよほど楽しそうなのではないか? ……と思ってしまったら、それはもうルシファー(を演じスコアも担当しているテレンス・ズダニッチ)の術中にどっぷりハマっている証拠。新たなるカーニーとして一緒に歌ってはどうでしょうか?

Repo! The Genetic Opera』といい本作といい、ダーレン・リン・バウズマンの本領は『SAW』シリーズよりもこうしたホラーミュージカルじゃないかと考えている。バウズマンの描く毒々しい世界観と、グロテスクなテーマを扱いつつ時にポップ時にロックなテレンス・ズダニッチの音楽は、実に相性がいい。
本作はカーニバル音楽らしい明るさと毒を持ち、なおかつショーの中心人物になるカーニーたちのステージには、それぞれの持ち味が活きるソロがある。バリトンがステキなホーボー・クラウンの「A Penny For A Tale」や、ゴシック風味のペインテッド・ドールの「Prick! Goes The Scorpion's Tale」、ルシファー自らもステージに立つ「Grace for Sale」など。エンド・クレジットに入ることになったルシファーとタマラの「In All My Dreams I Drown」も、本編漏れが惜しいほど。
なお、メインを張らないカーニーたちでも、ウィック役のアレクサ・ヴェガやマジシャン役のビル・モーズリィ(チョップトップ兄さん!)など実に濃いキャラクターが集っているから楽しい。しかも神様はポール・ソルヴィーノだし、だいたいのRepo! メンバーがリユニオンしてます。ロックファン的にはスリップノットの#6クラウンことショーン・クラハンが出演してるのも嬉しい。喋らないけど……。

ところで本作のランタイムは55分と、映画にしては異常に短い。それは、本作がシリーズとしてスタートしたものの、実はバウズマン監督が自腹で製作費を出しているのでキツキツだから……という世知辛い理由もあるけどそれだけじゃない。アメリカ各地での上映会に監督や出演者たちが登場し、さらに観客は本作やRepo! のキャラクターのコスプレでやってくる、ここまで体験してのデビルズ・カーニバルだからである。まさに移動式カーニバルな形態で本作を楽しめる、アメリカのファンたちが羨ましい限りですよ!!

予告編。細切れでも音楽の良さがお分かりいただけるだろうか。

本編には入らなかったルシファーとタマラのデュエット「In All My Dreams I Drown」。
監督の真意は不明だが、タマラをカーニーに迎える意図があったのでは……と推測されている。
だとしたらやっぱりルシファーのほうが神よりイイ奴じゃないかよ。

何と、続編製作費も確保できたようで、すでにトレーラーが!!
いざ、天国へ殴り込みか!?