2015年9月29日火曜日

ムカデ人間2

無邪気な悪魔におもちゃが12人。

ムカデ人間2('12)
監督:トム・シックス
出演:ローレンス・ハーヴェイ、アシュリン・イェニー



映画に影響を受けて何かやらかしたことは数知れず。『リーサル・ウエポン』のメル・ギブソンのシャツの着こなしを(可能な限り)真似したり、『ザ・プロデューサー』カメオ出演のベニチオ・デル・トロの歩き方を真似したり、『ショコラ』のホットチョコレートにチリペッパーを入れる飲み方を自己流さじ加減で試した結果喉をやられたり。それを「若気の至り」で片づけられればいいのだが、ここ数年は『ワールズ・エンド』を観てビールハシゴ飲みをしたり(そしてつまみのフリッターに食あたりしてリバース)、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』を観てラジカセ引っ張り出して「マイ最強Mixテープ」を作ってしまったりと、成長してますますやらかしの度合が大きくなっちゃっているのが問題。
……まぁさすがにムカデは……いやもしやる気が出たらスクラップブックぐらいはつ・く・っ・て・み・た・い気もしますし、破かれたらスゲェ怒る気もしますよ。

ロンドンの地下駐車場で警備員の仕事をしている男・マーティン。かつて父親からは性的虐待を受け、一緒に暮らしている母親からは「居なければよかった」ように扱われ、精神科医からは下心を持って見られ、駐車場利用客からもバカにされ続けている。
そんなマーティンが愛してやまないのが『ムカデ人間』。DVDを繰り返し観るだけでなく、母に嫌がられながらもムカデを飼い、スクラップブックも作る入れ込みよう。その愛着は「自分もムカデ人間を作ってみたい」と思うほどに膨れ上がっていた。マーティンは野望の実現にむけ、駐車場の客や近所の男ら12人を次々と貸倉庫に拉致監禁。さらに、『ムカデ人間』にジェニー役で出演していたアシュリン・イェニーまで、自らのムカデの先頭に配すべく監禁。医学知識も技術も道具もなく、大工道具のみを手に、マーティンは遂にムカデ人間製作に乗り出した……!!

「地獄絵図」「不快度MAX」とはこのことだ!(以下その手の話が続くので注意)

「口とケツをくっつける」「前の人のウ○コが次の人の口へ」という『ムカデ人間』では直接描かなかった生理的嫌悪描写。あるいは、膝の靭帯を切り歯を抜くという、比較的マイルドに見せるだけに終わらせていた手術プロセス。今回監督は、そうしたエグいパートをこれでもかというほど直接的に見せ、生理的嫌悪も痛覚も手加減なしの方向へ舵を切った。
医者じゃないから当然麻酔なし、必要とあらばバールで殴って気絶させる。ハンマーやらナイフやらで人体損壊してムカデにしようとしたものの、どうにもならずショックや失血で死んでしまう被害者も出てくる。結局、やけになって接着はホチキスとダクトテープでバチバチベリベリ。現代医療に当たり前に存在する、麻酔や縫合の技術がいかにありがたいかが嫌というほど分かる。前回、その医療技術をフル活用して暴走しちゃった医者がいたけどね! それからマーティンよ、麻酔は持ってないのに下剤は持っているのな。だからウ○コのプロセスもどうにもならなくなったらとりあえず下剤に頼るのな。だからそちらの意味でも地獄絵図が展開してしまうのな……!!
そもそも、ムカデ素材の誘拐も、とりあえず拳銃で脚のどこかを撃つ→逃げられなくなったところをバールでガーンと気絶!! という痛さ全開のプロセス。半死半生で調達するわけだが、下手したらその時点で素材が死ぬぞ。そんなん見たらハイター博士も気絶するぞ。違う意味で。
青と白を基調にした冷ややかな色調だった前作に対し、今作はモノクロ。しかもロンドンは常に雨模様なので、暗さと湿っぽさが格段に上がる。前作の色調がハイター博士を表しているなら、今作の陰鬱なモノクロの世界は、誰からも愛されず己の殻にこもってムカデを愛する男、マーティンのことである。ただし、この映画はすべてがモノクロというわけではない。たった1つだけ、着色されているものがある。それを観てしまったら……思わずにはいられない。「監督は鬼か!?」(ちなみに、トム・シックス監督は変態的な世界を描くが、彼なりの計算があってのことだしそこに狂気は見えないので、変態とは思っていない)

前作がハイター博士なら、本作はマーティンの独壇場。ローレンス・ハーヴェイの強烈すぎるビジュアル一発で、「こいつ何者だ!?」と観客の好奇心をわしづかみにしてしまう。
チビ・デブ・ハゲの三拍子、しかも腹の肉が下半身にまで垂れているので、パンツを穿いているのかいないのか判別つかないほど。汗っかきで常に目がギョロギョロ。何よりも、作中で一言も意味のある言葉を発さない。意思表示はすべて表情と行動と、「エハハハ」「ウェェェェ」「ブーーー」という言葉になっていない言葉。それでもこちらには彼が何を言わんとしているのかおおむね伝わるのだが、逆にマーティンに周りの人間の言葉を伝えきることはできない。どれだけ必死に「ムカデ人間はフィクションだ! できるわけがない!」と訴えても、彼には通じない。ハイター博士とはまたちがったディスコミュニケーションの恐ろしさである。
マーティンにとって『ムカデ人間』は限りなくリアルで、愛すべきもので、ハイター博士はヒーローである。何かとウ○コを漏らす、思うようにいかなくて泣きじゃくると、まるで子どものようなメンタリティのマーティンが、博士の真似事をして大惨事を招くのは、子どもがヒーローごっこをしてうっかり物を壊したり大ケガをすることに通じているのではないだろうか。
だからなのかね。今までの地獄絵図と、これからの地獄絵図を顧みても、ひとまずムカデ人間を完成させて血みどろのまま小躍りしてはしゃぐマーティンを観ると、「うんうん、良かったね!」と思ってしまうのは……。

(以下、核心に触れる部分は反転させています)

ところで、マーティンの乱雑な犯行はどうして誰にもバレないのか、なぜこうも都合よく進むのか……と思っていたら、最後の最後にムカデ人間製作はマーティンの夢/妄想であったことが判明する。夢オチかよ、と拍子抜けするところもあれば、あれが現実じゃなくて良かった! と安堵するところもあり。そしてこれが、誰からも愛されず理解もされない大きな子どもの、世の中に対するささやかな(頭の中のことだからね。現実ならささやかどころじゃない)反逆だったと思うと、これほどまでの地獄ですら、どこか哀愁を帯びてくるのだった。

2015年9月26日土曜日

ムカデ人間

博士とムカデのセオリー。

ムカデ人間('11)
監督:トム・シックス
出演:ディーター・ラーザー、北村昭博




中学のころ、クラスの男子/女子が全員足を結んで前の人の肩を持って縦に並んで走る運動会競技「ムカデ競争」。私はそれのちょうど真ん中あたりで走ってたのだが、練習ランニング中うっかり転んだ。すると後続の人がつられて転ぶので膝下に圧がかかり、また先頭の人が異変に気付くまで1~2秒のタイムラグが生じる。そのため、ただの擦り傷がズル剥け傷に発展。だが擦り傷よりもイタイのは、「チームワークを乱しやがって」という空気であった。
……そんなイタイ話を思い出したのは、ハイター博士の「真ん中はきついぞ」という一言があったからですよ!!

シャム双生児の分離手術で数々の成功を収めてきたヨーゼフ・ハイター博士には、密かな夢があった。人間を分離するのはもう飽きた。今度は人間をつなげるのだ。それも、口と肛門をつなげて消化器官を一体化し、前の人間が食したものを排泄と同時に後続の人間が食すシステム。題して「ムカデ人間」だ! タイヤのパンクで助けを求めてきたアメリカ人観光客リンジーとジェニー、よく怒鳴るが英語もドイツ語も通じない日本人ヤクザのカツローを捕獲した博士は、いよいよ夢の実現に向けて一歩を踏み出す……!!

「月からナチスが来た!」(アイアン・スカイみたいなアイディア一発勝負映画にはよく出くわすが、「人間の口と肛門つないでムカデ人間!」ほどくだらなくて下ネタな一発ネタは珍しい。しかもその一発勝負に勝っちゃってるんだから、世の中何が起きるか分からない。
よりにもよって口とケツがつながってるとか、要するに前の人のウ○コを自動的に飲まなきゃならないとか、生理的嫌悪要素は満載なのだが、意外にも直接的描写は避けられている。それどころか冷ややかな照明と色彩で、大変品のある変態ワールドになっているのだ。ハイター博士が冷ややかで気品ある変態であることに起因しているのかもしれないが。
ここまで悲惨な目に遭っていながら、もっと悲惨なことにはっきり言ってムカデ人間自体は、ほぼ出オチ扱いである。ただ、唯一喋ることができる先頭のカツローと博士との言語/思考のディスコミュニケーションは、限りなくブラックなコメディパートとして、博士とムカデの(不)愉快な日常ストーリーを牽引してくれる。北村昭博さんが監督にアイディアを出してくれたおかげで、海外映画の中で日本人が聞いていて違和感ゼロで生きた日本語になっているし、「火事場のクソ力じゃあぁぁぁ!!!」「あっ……う、ウ○コ……」と日本人のほうがニュアンスを笑えそうなセリフも多々あり。
そうそう、一応古典ホラー的な教訓めいたところもある。「知らない場所で近道をしてはいけない」とか「タイヤ交換は覚えておくべし」とか「基本的に野グ○はいかんよ」とか。しかしそうは言っても、この場合リンジーとジェニーが取るべき最良手段は、「あの車越しに絡んできたエロ親父を殴り倒して車を強奪する」だったんじゃないかと思ってしまうんだけどね。

そして何より、本作の中心にいるハイター博士。『武器人間』のフランケンシュタイン博士や、『死霊のしたたり』のハーバート・ウェストらホラー映画界のマッドサイエンティストの仲間入りを果たしたわけだが、ハイター博士はその中でもトップクラスに可愛いのである!! (※個人の価値観に基づく)
最初に作ったムカデ犬の在りし日の写真を見ながら涙ぐむ姿の登場シーンに始まり、絶妙にざっくりしたイラストで犠牲者の皆さんに「ムカデ人間手術プロセス」を得意気にプレゼンする姿、ムカデ人間が思うように動いてくれなくてヒステリー起こす姿、脚にプロテクター付けて「噛みついてみろ!」と挑発する大人げない姿、訪ねてきた刑事に対して挙動不審すぎて色々ごまかしきれてない姿に、いちいち愛嬌があって憎めない。いかにも緻密な計画を持っていそうに振る舞いながら、ムカデ素材の捕獲作業や、ムカデ人間の栄養補給、刑事のあしらい方はなぜか穴だらけというツッコミどころすら、「ちょっと(いやかなり)抜けてるところが可愛い」に転じてしまう。
なぜそう思ってしまうのかと考えると、やはりディーター・ラーザー自身のチャームが原因なのだろうか。また、ユーモアのさじ加減が快・不快ギリギリのバランスを保っているからかもしれない(ギリギリどころかアウトだという人も多いだろうが)。後にチェックしてみたところ、当時御年70歳。ロバート・イングランドやランス・ヘンリクセンに近い齢で、一見彼らより遥かにギスギスした風貌ながら、彼らに勝るとも劣らぬ可愛らしさを放出するとは……知性とユーモアの力は絶大だなぁ。
中でもハイライトは、とうとう念願のムカデ人間完成時。写真を撮りまくり、鏡を差し出して絶対に見たくないであろう己の変わり果てた姿を見せつけ、絶望のあまり泣き出す3人をよそに一人鏡にキスして歓喜の涙を流している。ムカデ人間の絶望を忘れて、「うんうん、良かったね! 良かったね博士!」と力いっぱい博士に肩入れしてしまう。思えば、世界を変える級の野望があるわけでもなく、人間嫌いゆえに共犯者がいるわけでもない孤軍奮闘生活の成果がようやく出たんだもの、そりゃ泣いちゃうよな。
まぁ、博士に肩入れする決定的なきっかけになったのは、一人脱走したリンジーに「マトモじゃないわ、変態よ!」と言われて「ああ私は変態だ!!」と堂々断言した瞬間なのだが。こういう正々堂々とした態度は見習いたいものですね………………いやきっと勘違いでしょうけどね。

2015年9月15日火曜日

ABC・オブ・デス2

今年もよく死んだ!!

ABC・オブ・デス2('14)
監督:エヴァン・カッツ、ジュリアン・バラット他
出演:



「死」をテーマにした5分以内26の短編……という名目ながら、その実それぞれの監督たちの趣味の悪さ(転じて良さ)および変態度が世界中のホラーファンに測られるという意味でも、えげつなく恐ろしい企画。今年は全体的に趣味が良く変態度は控えめ……と映ってしまうのは、前回の『ABC・オブ・デス』にウ○コとかゲ○ネタが多く、しかも我らが日本勢に井口昇(このまま世界が終わるなら憧れの女教師のおならで窒息したい美少女)と西村喜廣(人類絶滅はアメリカの○○○と日本の×××から始まるのだ)というスーパー変態がいたからか。また、「『ABC・オブ・デス』の企画に悩む監督自身」というメタネタも、前回「Q」と「W」でダブリが生じてしまったせいか今回は見受けられない。
以下、前回同様タイトルが極私的お気に入り、タイトルが極私的まずまずの1本である。

A=Amateur(アマチュア)

仕事の依頼が舞い込んできた殺し屋。潜入と殺害のシミュレーションは完璧。あとは実行に移すのみ。ところが彼は……。物理的にも精神的にも痛々しい殺し屋さんの失態が、不器用人間には身につまされるだけにいっそうイタく映る。それだけにあのバカみたいなラストが痛快ですらある。今回もツカミの一本は優秀だった。

B=Badger(アナグマ)

地域の環境汚染により死滅してしまったアナグマについてのドキュメンタリーを撮るクルーとイヤミな動物学者。だがどうやらアナグマは死滅したのではなかったらしく……。モンティ・パイソンを彷彿とさせるチープなブラックコメディ。

C=Capital Punishment(死刑)

少女殺害の容疑者と、彼の死刑を求める村民たち。無実を訴える容疑者は警察の手に委ねられる……のではなく、村民たちの手によって断頭されることに。中学の社会の授業で、「ギロチン以前は斧で首を落としていたが、死刑執行人の手際が悪いと一撃で死ねず大変なことになった」と習ったものだが、本エピソードがまさにそれ。何より悲惨なのは、彼は本来「容疑者」止まりにすぎなかったこと。ということは、その因果が向かう先は……

D=Deloused(駆除)

謎の集団に殺された男は、踏みつぶされた虫の力を借りて甦り、復讐を果たして虫に借りを返すが……。『ヘルレイザー』meetsクローネンバーグ(虫が尻から捕食したり意思を伝えたりするし)のような、粘着質で肉々しくてエグいクレイアニメ。

E=Equilibrium(平衡)

流れ着いた無人島で気ままに暮らしているらしい男2人。ある日、自分たちと同じく漂着したと思われる美女を助け、一緒に暮らし始める。しかし、男2人に女1人とあっては釣り合いがとれず……。重要なのはバランスだって『テキサス・チェーンソー・ビギニング』のホイト叔父さんも言ってましたよね。どちらをとるかは人によるだろうけど。ちなみに監督は『ゾンビ革命 フアン・オブ・ザ・デッド』のアレハンドロ・ブルゲス。アホなほど能天気な音楽もイイ。

F=Falling(落下)

イスラエルの女兵士がパラシュート落下したのはパレスチナ。そこへ少年兵が通りかかり、彼女にライフルを向ける。この顛末の痛々しさと虚しさは、監督がイスラエル出身ゆえか。

G=Grandad(祖父)

口の悪いジイさんとアタマ悪そうな孫のいがみ合いと殺人。おめでとうジム・ホスキング監督。今回の「ABC・オブ・ド変態」枠は君だ。何だあのジジイは。

H=Head Games(駆け引き)

男女の駆け引きを、文字通りアタマの戦いとしてシュールな線画で描く。しかしこれこそ「D」みたいなグロテスクアニメで作ってほしかったな。

I=Invincible(無敵)

財産目当てにあらゆる手を使って母親を殺害しようと試みる兄弟たち。だが、この老婆は訳あって何をやっても死なないのだ! 最強(最凶)ババアってフィクションで観ている分には痛快だなぁ! ちなみに監督はシンガポール出身。アジアンホラーも勢いづいているのである。 

J=Jesus(ジーザス)

ゲイの息子を無理やり「矯正」させようとする狂信的な父親と神父。すると息子の両手と頭に聖痕が現れ、さらに……。ゲイは罪で、ゲイ殺しは罪に問わんのか! と、散々培われてきたキリスト教原理主義に対するイライラがまたしても募ります。

K=Knell(凶兆)

マンションの自室でペディキュアを塗っていた女性は、隣のマンションの上空に黒い球形の影が漂っているのを目撃する。ほどなくして、マンションの住民たちは殺し合いを始める。そして異変は彼女の住まいにも押し寄せてくる。何かが迫ってきているのだが何だか分からない不安感、ペディキュアの赤黒、経血の赤黒、謎の影の赤黒が入り混じるおぞましさと美しさ。繊細なラインの上に立つ一本だった。

L=Legacy(遺物)

ウビニランドなるどこぞの未開の地。王妃の計略で生贄に捧げられそうになった王子は、死刑執行人の計らいで命を助けられる。だが王子の怒りにより、ウビニには怪物が現れ、人々を襲いだした。この怪物が着ぐるみ(厳密にはあまりくるんでない)丸出しで何か可愛いのだよ!


M=Masticate(かみつき魔)

今回の一般公募枠。完全にイッちゃった目で走ってくるパンイチのおっさんが、通行人に噛みついて射殺されるまでをスローモーションで描く。このネタを完全なものにしているのは、最後の最後にオマケ程度に挟まれる「34分前の出来事」ってのがオカシイ。

N=Nexus(連鎖)

ハロウィンの日に起きたあまりにも不幸な惨劇。あと少し早ければ、あのときこうでなければ……という仮定はいくらでもできるが、どう考えても99%はタクシー運転手が悪い。ところでこの監督ラリー・フェデッセンはホラーにちょこちょこ顔を出す俳優でもある。彼が第一犠牲者を演じた『サプライズ』の殺人鬼が被っているヒツジマスクが出てくるのはそのせい?

O=Ochlocracy(Mob Rule)(愚民政治)

日本代表の1人、『へんげ』の大畑創監督。ゾンビの自我を戻すワクチンが開発されたなら、ゾンビハザードピーク時にゾンビを殺しまくった人間は殺人罪に問われるのだろうか? という深いような実はそんなことはないような裁判劇。どう見てもアタマ悪そうなゾンビ裁判官やゾンビ弁護士、証人も首だけだったりして、バカバカしくて救いようがなくておかしい。ところで、2015年現在の国会答弁と照らし合わせて考えてみると、何か一気に笑えないムードになるね。

P=P-P-P-P-SCARY! (ピ ピ PS 怖い!)

残念ながら、今年のワースト枠。吃音のある脱走囚人3人組が遭遇する不条理な恐怖……といったところだが、デヴィッド・リンチを意識して思いっきりスベっているようだ。なお、囚人の一人ポピーがPで始まる単語でなくとも「P-P-P-P」と詰まってしまう癖があるからこのタイトルになったのではと踏んでいるが、それにしたって設定活かされてないし、タイトルとのつながりも薄いからなぁ。唯一収獲といえば、あの謎のおっさんが笑うとリーランド・パーマーことレイ・ワイズに似てるってこと。

Q=Questionnaire(アンケート)

路上でアンケート(というよりかなり頭をひねるクイズ)に答えている男。果たしてこの調査の目的は……と言いつつアンケートの様子と同時進行で、調査の結果何が起こるかも描いているのだが。オチとしてはちと弱いので、むしろこのオチの後が観たい。

R=Roulette(ルーレット)

死のルーレットといえばロシアン・ルーレット。当然たった1つの弾に当たった人が終わりだが、5つのハズレを引いて生き延びた人が幸運とは限らないことだってある。何が興味深いって、監督メルヴィン・クレンがドイツ人であり、このシチュエーションがナチスから隠れるユダヤ人を彷彿させること。

S=Split(破局)

電話で話す夫婦。そのとき妻のもとに侵入者が……。死による夫婦の別離(Split)と、もう一つの夫婦の破局(Split)、そしてデ・パルマの系譜ともいえる画面の分割(Split)という鮮やかなトリプルミーニング。そういえば、前作の「N=Nuptial」でも嫉妬に狂った人間の恐ろしさが描かれてましたね。あれはブラックな笑いだったけど。

T=Torture Porn(残虐ポルノ)

新人女優を下心満載で品定めするつもりのポルノスタッフたちが血の惨劇に。もしこれが無名の監督の作品だったら「まあまあ面白いじゃん」ぐらいの評価だっただろうが、『アメリカン・メアリー』(原題。邦題の『アメリカン・ドクターX』とジャケデザインには納得いかん)で華麗なる人体改造と冷ややかな空気を見せてくれたソスカ姉妹の作品となると……どうしても「思ったよりおとなしい」という感想になってしまうなぁ。ちなみにエンドクレジット後、最近悪趣味ホラー界に彗星のごとく現れた、強烈なルックスで勝利を収めたあのお方が出演してたりします。しかも、自身の出演作T着用で。

U=Utopia(ユートピア)

ブランドの広告のようにスタイリッシュで、美男美女だらけの世界。そこではブサイクはどうなるかというと……。『CUBE』のヴィンチェンゾ・ナタリらしい不条理ワールドだが、こうなると抹消され続けてきたブサイクの逆襲劇が観たくて仕方なくなってしまう。

V=Vacation(バカンス)

悪友とのバカンス先(タイ?)で、本国の彼女とSkype通話をする男。実は昨晩、売春婦の母娘と酒・ドラッグ・セックスとホラー映画死亡フラグ三種の神器を楽しんでいたのだった。バカ騒ぎが彼女にバレて一波乱かと思いきや、もっと悲惨な事態がすぐそこに待ち受けていた……。スラッシャーミュージカル『絶叫のオペラ座へようこそ』のジェローム・セイブルが監督だが、歌も極彩色もなしで手堅いPOVもの。Skypeも立派な低予算映画手法となったものだ。

W=Wish(願い)

カシオ王子と魔王ゾーブが戦うファンタジーワールド「ゾーブ」のフィギュアで遊びながら、「王子を助けに行きたいな」と口にした少年2人は、「ゾーブ」の世界に吸い込まれてしまう。そこで2人が目にしたのは、ゾーブ軍による虐殺と拷問。しかも、ヒーロー側のキャラクターとて、彼らを助けてくれるわけではないのだった。「アストロン6」のスティーヴン・コスタンスキ監督だけあって、手作り感溢れるチープ&グロテスクな世界は、まさに『マンボーグ』の系譜。ゾーブの城の拷問人には「T」のソスカ姉妹、捕まった兵士の中にはブランドン・クローネンバーグもいるぞ!

X=Xylophone(木琴)

レコードをかける祖母の横で、木琴を叩き続ける幼い少女。祖母は木琴の騒音に我慢ならなかったのか、孫の若さと可愛らしさに嫉妬したのか。そして、帰宅した両親が目にしたものは……。去年の「X=XXL」に続き、またも「X」枠をフランスが獲得。これまた去年に続き、悪趣味でむごくて後味悪い結末にもかかわらず、ほんのスパイス程度に添えられた皮肉によって、洗練された良質の恐怖に昇華されている。恐るべしフレンチホラー、恐るべしチーム・屋敷女(ジュリアン・モーリー&アレクサンドル・バスティロ監督とベアトリス・ダル)。

Y=Youth(若さ)

これも日本代表・梅沢壮一監督作。だらしなく、自分に無関心な母と義父のもとで育ち、自らを傷つけてきた女子高生が、遂に反旗を翻す瞬間。この作品に関しては突き進む先が「死」ではなく「生」。生きていくため、憎悪のきっかけになった思い出を使って、イヤな母と義父を頭の中で殺していく。先の「W」とはまた一味ちがった、チープ&グロテスクなジャパンの特撮です。

Z=Zygote(受精卵)

出産間近の身重の妻を置いて、遠出してしまう夫。自分が戻るまで子を産むなとの言いつけ通り、妻は産道を閉じる薬=木の根をかじって帰りを待っていた。それから13年。夫はまだ戻らず、妻はまだ子を産まず、子どもは母の胎内で大きく育っていた……。何と言っても、終盤のゴキボキグシャッペッという、クローネンバーグかクライヴ・バーカーかというぐらいのトランスフォーム(いや厳密にはフォームは変わってない)が見どころです。そしてインモラルに突っ走りそうなオチ。


今年は半分以上が割と気に入ってる枠となったが、他の人の意見・感想を見てみると、私が好む「A」や「O」はイマイチだったり、まあまあかなぐらいに思っていた「K」が一番好評だったり。どれを好むかによって、観客の映画の趣味や変態度もだいたい分かってしまう、やはり恐ろしいシステムだなぁ。
前述の通り、比較的趣味のいい死に様(?)だった死のABC第2弾。反動で今度の『ABC・オブ・デス3』は変態だらけになってたりするかもしれないが、それはそれで恐ろしくも楽しみである。あと、監督に名前が挙がっていながら結局出なかった、園子温やアレックス・デ・ラ・イグレシアにも是非参加していただきたいなぁ。

↓「Y」で梅沢監督が使った特撮道具、キネカ大森に展示されてました。
どうやって使われてるか気になったら観てほしいよ。

2015年9月14日月曜日

マリリン・マンソン@サマーソニック2015

大人な師匠の大人げないステージ。

SUMMER SONIC 2015
2015.8.15.QVCマリンフィールド&幕張メッセ

セットリスト
1. Deep Six
2. Disposable Teens
3. mOBSCENE
4. No Reflection
5. Third Day Of A Seven Day Binge
6. Sweet Dreams
7. Angel With The Scabbed Wings
8. Personal Jesus
9. The Dope Show
10. Rock Is Dead
11. Antichrist Superstar
12. The Beautiful People

一つ言い訳すると、サマーソニック中心で書くかマンソン中心で書くか迷って、結果手をつけるまで1ヵ月かかりました。とはいえ、レポート1ヵ月遅れ癖はマッドマックスコンベンションも同じなので、通用しない言い訳ですが。

4年ぶりに帰ってきたぞ!

昼から参戦組ではあったが、夕方くらいまでほとんどの時間は会場めぐりと写真撮影と飯に費やした。フジだろうとサマソニだろうと、夏フェス会場は毎年何がしか変わっていく。そりゃ絶好のフォトスポットはフジには負けるが、いかんせん4年ぶりだし、会場御礼参りの意味もあるんですよ。こっちが勝手に御礼と思ってるだけだとしても。
ちなみに、今回のフェス飯カオマンガイ(タイ料理。蒸し鶏とスープで炊いたお米)とソーキソバ、いずれも美味しくいただきました。とりわけフェス屋台のタイ料理は、なかなかハズレを引かないので嬉しいところです。

↓マリンステージはステージ準備中。日中は完全にフライパンの底だ。
夜になっても蒸し器の底になる程度の差だったけどね。

観覧車まで! マリンフィールド周辺はいつの間にこんなにお祭りになってたんだ……

ちなみに、今年のアイランドステージはアジアンロックフェスである。

屋内も屋内で、知らないうちに豪華になってるような気が……


ウォームアップを兼ねてのステージ観戦は夕方になってからだった。9㎜ Pallabelum Bulletは2011年のアタリ・ティーンエイジ・ライオットのゲストアクト以来だが、相変わらずパワフル。あのときは「ウォームアップじゃ生ぬるいからバーニングアップで」とテンション高いステージを披露し、それにうっかり燃えすぎるほど全力でついて行ってしまったものだが、すみませんこの日は体力セーブに努めました。その結果、さほど飛ぶでもなく叫ぶでもなく、グラグラと謎の踊りを踊っていました。
続いて観たジョン・スペンサー・ブルーズ・エクスプロージョンは、ブルースとプログレロックの融合。グルーヴがありつつ変則的なリズムが心地よかったので、PAの後ろのあたりで寝そべって背中全体でリズムを受け止めるという贅沢をしてしまった。BGVがハマーホラー風味なのも好感高い。

ソニックステージも知らないうちにきらびやかになってる気が……


そしていよいよマウンテン・ステージのトリたるマリリン・マンソン師匠である。マンソンといえば、フェスといえども開演予定時刻を10分くらい過ぎるのは当たり前……だったはずなのだがその師匠が! 時間通りに! セットを! 始めた!!! それも久しぶりに荘厳かつ不吉なクラシック音楽で登場して!! 手には『Eat Me, Drink Me』ツアー以来おなじみになりつつあるナイフ型マイク!! ……『The Pale Emperor』を聴いたときも「師匠大人になったなぁ」なんて思っていたが、時間を守るという意味でも大人になったのだなぁ。何か感慨の方向性が間違ってるような気もするけど、いつものことだから。
そんな感慨も早々に、「Deep Six」「Disposable Teens」という最初の2曲で急激にボルテージを上げたオーディエンス(前方)は、もうバケツの水被ったように汗だく。続く「mOBSCENE」にハットをかぶって戻ってくるマンソンにもまた狂喜し、「Be! Obscene!」のコーラスを叫んだ。
それにしても、マンソンのボーカルに張りが戻ってシャウトも絶好調ということの感動たるや。何でそんな普通のボーカリストなら当たり前のことで感動しなければならないのかというと、2012年の来日のときのダラけた歌唱法である。不調なわけではなくワザとやっていた疑惑が高いし、一体アレは何だったのか。ともあれ、ミュージシャンとしての評価は、前回来日時よりはマシになったにちがいない。

開演10分前ぐらいの緊張感が一番心臓に悪いです師匠。

しかし、時間厳守やボーカル手抜きしないといった点で大人になったからといって、ステージ上のアティチュードまでが大人になったわけではないのがマンソンのマンソンたる所以。
マイクスタンドを蹴倒す。その場でスタッフさんが出てきて直したと思ってもまた倒す。また直しに来たら、今度はアンプを蹴倒す。「Third Day Of A Seven Day Binge」では、トゥイギー・ラミレズ(g)のアタマをタンバリンでリズミカルに叩いている。「Sweet Dreams」では懐かしの竹馬でステージをのし歩く。
もはや『Dead To The World』(汚物を含む問題映像と問題エピソードだらけの『Antichrist Superstar』期のライブ映像。VHSのみ)でしか聴けないと思っていた「Angel With The Scabbed Wings」を聴かせ、オールドファンを感極まらせた……かと思いきや、「Personal Jesus」直前にサングラスをかけて登場するも歌うより前にポイしたり、「The Dope Show」でトゥイギーに白い粉をぶっかけたり(2012年にはオーディエンスにぶっかけていたけど)。
ステージにおいてクソガキであることこそ、オーディエンスが求めるマリリン・マンソン像。トゥイギー以外のメンバーのキャラクター立ちもなくなり、ますますライブはマンソンのワンマンという印象が強まった。

ただ、バンドのコンディションとは別に、マンソンのステージは常にもう一つの懸念が付きまとう。「本人がご機嫌麗しいか否か」である。結論から言うと、こちらの懸念は現実のものとなってしまっていた。いわく「昨日(ソニックマニア)の奴らよりおとなしいぞ!!」。マンソンのことだからうっかりすると「もうやめた」と帰りかねないのではと考えているだけに、演奏中のボルテージ高さとは裏腹に曲間は肝を冷やす思いが。我々(少なくとも前方ブロック組)できる限り騒ぎ散らしてたのですが……ダメでしたか、師匠?
ウィリアム・ブレイクのレッド・ドラゴンを引用しつつ聖書を燃やした「Antichrist Superstar」、黒人ホーン・セクションとパーカッションを導入した「The Beautiful People」はさすがに最骨頂……だったはずだが、バンドの皆様相手に「こいつらは英語分からないから」とオーディエンスをイジっていたので、まだご不満だった模様。
そんな師匠は最後にステージから飛び降り、最前列の皆様に突進……したはいいが、いざステージに戻ろうとしたら上がれない事件が発生していた。慌てて押し上げるセキュリティさんに「頑張れよ、オレそんなに重くないだろ?」と言うが、「最近は健康に気を使ってジムに通っているらしい」という雑誌記事を疑う程度にはそういう体型ではあった……。
ごめん師匠。師匠はご機嫌よろしくないまま(おそらくやってもいいかなと思っていたアンコールもすっ飛ばして)帰っちゃったけど、こっちはちょっとオモシロイ気分で帰っちゃったんだ。

ところで、「The Beautiful People」でステージに来たパーカッションの人、マンソンにドラムを蹴倒されて「あ゛ーーーっ!!??」って顔になってましたね。頑張ってください。それが師匠です。ちなみに前任ドラマーは師匠にドラムセットごとマイクスタンド攻撃をくらって骨折しました。

師匠ぉぉぉぉぉーーー!!!


そういえば、今回『The Pale Emperor』からの選曲は2つだけで、映画スコアに入った「Killing Strangers」「Cupid Carries A Gun」もPVまで作られた「Mephistopheles Of Los Angels」もなし。どうかどうか、師匠が単独来日して下さらないものか。どうかどうか、この辺の曲もやって下さらないものか。そしたら今回のステージの倍はしゃぎ立てますから!!!

↓是非とも生で聴きたい「Mephistopheles Of Los Angels」MV。