2016年4月7日木曜日

ヘル・レイザー

痛いの痛いの、飛んでこーーーーい!!!

ヘル・レイザー('87)
監督:クライヴ・バーカー
出演:アンドリュー・ロビンソン、クレア・ヒギンズ



「死ね」の婉曲的言い回し(ホラーファン編)として、「お前なんかチアリーダーになれ!」「クリスタルレイク行けばいいのに」「エルム街で寝てろ!」等を考案。その中にはもちろん「パズルボックス送ったろか」なんてのもあったのだが、これにだけは一つ懸念がある。
だって、もしも相手が痛いの大好きなドMだったら、「お幸せに!」の意味合いになっちゃうだろ。

フランク・コットンは、究極の快楽を得られるというパズルボックスを怪しげな商人から買い、開けようと試みていた。だが箱が開いた瞬間、フランクの身体には無数の鈎針が刺さり、全身がバラバラの肉片と化してしまう。
しばらくして、フランクの所有していた家に兄夫婦・ラリーとジュリアが引っ越してくる。実は結婚する直前にフランクと不倫関係にあったジュリアは、結婚生活を続けながらも彼のことが忘れられずにいた。
その引っ越しのさなか、ラリーがケガをして流れた血により、屋根裏の床下からフランクが変わり果てた姿で甦る。元の姿に戻るためには血肉が必要だと説明され、ジュリアは屋根裏に次々と男を連れ込み、フランクに与える。そんな義母の様子を訝しむのが、ラリーの娘カースティだった。

1978年の『ハロウィン』を皮切りに、80~90年代初頭にかけてシリーズが量産された『13日の金曜日』『エルム街の悪夢』などのスラッシャーホラー。本作の公開はこれらの作品と同じ時代だが、一般的なスラッシャーホラーとは大きく異なる。
相違点の1つは年齢層。スラッシャーものにおいて、犠牲者の多くは若者。それも、セックスとドラッグに抵抗のない人間ほど殺される率が高い。これは、若さゆえの奔放さに対する罰や警告とも解釈されている。だが、本作の中心人物は、ほとんどが中年の域に差し掛かった大人たちだ。「若さゆえの奔放さ」にはある程度免責があるが、いい大人になればなるほどそれはなくなり、命を落とす理由にも「業の深さ」がつきまとう。
もう1つは快楽の有り方。若者が安直に快楽を求めるがゆえに罰を受けるのなら、大人たちは快楽を突き詰めすぎる、あるいは時間をかけてでも求めすぎるがゆえに罰を受ける。フランクは究極の快楽を求めて禁断の箱に手を伸ばし、ジュリアはフランクの肉体を求めるあまり男たちを釣ってはフランクの餌にし、それ相応の地獄へ堕ちていく。
さらに言えば、スラッシャー映画では快楽を求めた代償として苦痛を味わうわけだが、本作では快楽と苦痛は限りなく近い存在。それはパズルボックスから呼び出された地獄の魔導士=セノバイトたちの姿を見れば一目瞭然なのだが、フランクとジュリアさえも、堕ちていくほどに快楽に近づいていくのである。
普通なら、こうした深い業や欲望に対抗するのが、ファイナル・ガールの若さと純粋さ。だが本作のカースティは、確かに一番若い存在ではあるが、家族から自立しボーイフレンドも持ち、ほぼ大人の域に足を踏み入れている。何より、この恐ろしい事態に立ち向かい、魔導士にすら打ち勝とうとする姿勢からは、しぶとさと狡猾さが見て取れる。惨劇を引き起こす側にしても立ち向かう側にしても、「大人の作品」と言える。ただ、ジュリアとカースティのこうした性格づけには、クライヴ・バーカーの女性嫌悪の影響が関わっているらしい……。

一般的スラッシャーホラーとの相違点はまだ残る。殺害方法やセノバイトたちのスタイルに見て取れる、フェティッシュ性の高さだ。
刃物で刺す/ナタや斧といった大振りの武器で一撃といった殺しを男性シンボル的とするならば、ゲイでマゾ嗜好(そして女嫌いというのが公然の秘密である)のバーカー監督の美学がそれとは別の方角へ向かうのも納得できる。それが、「皮膚を鈎針で引っ張る/引きちぎる」という、繊細にして痛さの度合も高い死である。
だが、何よりフェティシズムにあふれているのは、パズルボックスが開けられるとともに現れるセノバイトたちだ。裂け目や切れ目が規則正しく入れられ、フックを引っかけた痕まである皮膚は、サスペンションやスカリフィケーションの進化系ともいえるマゾヒズムの芸術。さらに、その身体を包む黒いレザー/ゴムの衣装は、ゴスのスタイルにも通ずる。
中でも、一際規則正しく碁盤の目にピンをうずめた頭のピンヘッド(本作当時は単にLead Cenobiteと呼ばれていた)のカリスマ性たるや。演じるダグ・ブラッドレイの英国舞台人然とした大仰な喋り方も相まって、不思議と神々しさすら感じられる。セノバイトは、もはや快楽も苦痛も突き抜け、悟りの域に達した者たちだ。その前には、フランクやジュリアの際限ない欲望すら泥臭く見える。それなら(たとえ実質変態でも)より崇高な域に達したほうがまだいいのでは……と勘違いし始めた方がいらっしゃるのなら、クライヴ・バーカーの地獄世界はなかなかに居心地いいのではと思いますよ。

ちなみに、昨年リバイバル上映を記念して久しぶりにヘルレイザー3作目までを観返した際、深夜のノリか地獄からの囁きか、危うく海外オークションサイトから真鍮製パズルボックスをポチりかけていた。この体験を「地獄の淵からの生還」と勝手に呼びたい。

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