2012年12月30日日曜日

2012年映画極私的ベスト10

2012年=アメコミからトムトム年。

せっかく今年は去年より遥か多い30本近くの劇場公開作(リバイバル含む)を観に行ってるので、思い切ってマイベストを作ってみようかと。というか、単にやたらベスト10とかベスト5を作ってしまうロブ・ゴードン(『ハイ・フィデリティ』)気質がどうしても拭えなかったってだけの話なのですが……。

1位 アイアン・スカイ
「ナチスが月から攻めてきた!」のアイディア一本勝負感、ファンからのカンパで作られたというエピソード、出てきた瞬間特に意味なくガッツポーズしたくなる鋼鉄の要塞と、ボンクラ万歳スピリット集大成。そのくせスコアはライバッハという貴重で豪勢な仕様。

2位 アベンジャーズ
娯楽大作とオタクスピリットとキャラクター立たせの奇跡的融合。脚本作『キャビン・イン・ザ・ウッズ』といい、ジョス・ウェドンは今トップクラスに信頼できる監督。

3位 最強のふたり
大枠は王道人間ドラマなのだが、中身はちょいちょい絶妙にヒネってあるので、お涙頂戴嫌いに親切設計。ひねくれ者同士だからこそ成り立つブラックユーモアの応酬も軽妙。

4位 悪の教典
今までで一番伊藤英明が魅力的に見えた一本。クラス皆殺しシーンでは、散弾銃で死ぬ恐怖と痛々しさと同時に妙なカタルシスさえ湧いてしまう。脇を固める教師陣のヤな奴ぶりや、劇中歌「Die Moritat」と「マック・ザ・ナイフ」の使い方も素敵。

 
5位 桐島、部活やめるってよ
高校時代、校内ヒエラルキーの上位にいた人にも下位にいた人にも、それぞれの痛さを呼び起こしてくれる。そして、「ゾンビは愛、ゾンビは友情、ゾンビはリアリティ」の表明。「ロメロくらい観ろよ!!」は今年一番の名言。

6位 007 スカイフォール
ダニエル・ボンド史上最高の主題歌と最高の悪役と最高のボンドガール。最後の項目には多数異論があるとは思いますが、私にとってはこの方が暫定ベスト。思わぬ原点回帰のその後が気になる。

7位 アタック・ザ・ブロック
エイリアン襲来を88分で、しかも団地の範囲内であんなにも魅力的&盛りだくさんに描けるとは。ユーモアで押し切るかと思いきや、意外と死人が出るシビアさもいい意味で期待を裏切った。

8位 エクスペンダブルズ2
正しい筋肉ゴリ押し漢祭り。俳優陣の代表作ネタを盛り込む思い切りの良さが好感持てる。そしてチャック・ノリスがあらゆる意味で最強。

9位 ロボット
心を持ったロボットの悲恋物語が、歌と踊りと超絶増殖&合体技でこんなにもスゴいことになる。あまりの出来事に、うっかり笑うのを忘れて感動してしまったよ。

10位 ダークナイト・ライジング
「もうちょっとエピソードのまとめようが……」「ベインはあれでいいのか?(これについてはいいと思うんですが)」などツッコミの余地はあるものの、ハードルがガンガン上がっていった3部作の着地点を見事にキメたことを思うと、ああだこうだ言うのも野暮な気も。

次点は『ベルフラワー』と『ぱいかじ南海作戦』で。今回は順位の差が本当に微妙なところなので、ギリギリまで何度も修正することに。
なお、『キャビン・イン・ザ・ウッズ』は今年観賞したのですが、日本公開は来年ということで、来年のランキング(あればの話ですが)に反映させます。今からすでに2013年映画ベスト10暫定1位です。

また、極私的2012年の顔は、『アベンジャーズ』のロキことトム・ヒドルストンと、『ダークナイト・ライジング』のベインことトム・ハーディでした。奇しくも2人ともアメコミ映画でブレイクしたトムさん。トムヒはインタビューでにじみ出る育ちの良さとユーモアとモノマネ上手、トムハは『ロックンローラ』のハンサム・ボブと同一人物とは思えない化けっぷりと目だけの感情表現でファンを増やしたようで。これは過去作(トムヒの『ミッドナイト・イン・パリ』、トムハの『ブロンソン』)も観たくなるし、次回作(『Thor 2 : The Dark World』と『マッドマックス フューリーロード』)も楽しみってもので。
ちなみに、『ロック・オブ・エイジズ』のトム・クルーズは今年のトムに換算しませんよ。あの人はほぼ毎年のように「どうも、スターです!!」ってスマイルで登場してくれるから。

2012年12月29日土曜日

007 スカイフォール

ダニエル・ボンドはレザレクションするのか。

007 スカイフォール('12)
監督:サム・メンデス
出演:ダニエル・クレイグ、ハビエル・バルデム



一度狙った標的は、何に阻まれようと追いかける。壁があってもぶち壊したり飛び越えたりしてやってくる。屋根に登っても飛び上がってくる。車で振り切ろうとしても走って追いついてくる。列車に飛び乗ったら列車に飛びついてくる。実は一回心臓停止してるけど復活してる(『カジノ・ロワイヤル』より)。もはやシュワルツェネッガーを超えるアイル・ビー・バック男。その分、従来のボンドにあったスマートさや余裕や遊び心が少ないという不評もあるが、それがダニエル・クレイグ版ジェームズ・ボンドである。
なお、私個人はダニエル・ボンド肯定派。「ボンド=ドヤ顔でいろんなものを破壊しまくり、なおかつモテる人」という程度の認識から、「ドヤ顔」が消えたぐらいのものなので……。ちなみに、リアルタイムボンドはピアース・ブロスナンでした。

潜入捜査中の諜報部員たちのリストを奪還する任務の最中、ボンドは仲間に誤射され、遥か下の川に転落。Mはリストを奪われた責任を問われ、さらに同じころ、MI6本部が爆破される事件が発生する。窮地に立たされるMの前に現れたのは、死亡したとみなされていたボンドだった。

『カジノ・ロワイヤル』で007になったばかりのボンドを描くことから始まったダニエル・ボンド。当初歓迎されなかった金髪といい、ジェームズ・ボンドというキャラクターを再構築して、今までとは違うボンドを改めてつくるのか……と思ったら、『カジノ・ロワイアル』では『女王陛下の007』、『慰めの報酬』では『消されたライセンス』と、ちょいちょい過去の作品への目配せをしている。そして今回は、『ゴールドフィンガー』に目配せしつつ、原点回帰まで果たしていた(具体的にどこがかはネタバレになるので伏せますが)。
原点に戻ったといえば、ロケーション。今回も敵を追って、イスタンブールにはじまり、上海、マカオと飛び回るボンドだが、目玉になるのはロンドンとスコットランドの平原。つまりボンドのホームグラウンド、イギリス。地下鉄チェイスが、田舎銃撃戦が、いちいち魅力的なので、久々に思わず舞台となった場所に行きたくなる映画となった。

ダニエル・ボンドの前2作で難だったのは、悪役が小粒なこと。演じてる俳優さんは好きなのだが。
確かに、株操作でテロリストに資金を還元、途上国の資源を押さえるなど、やっている悪事はかなり現実的。しかし、どぎつい資金取り立てに「金は返すから!」と怯えるル・シッフルや、終盤の直接対決であまりの体格差に「ボンドが小動物虐めてる!」感が出てしまったドミニク・グリーンは、インドア系なせいか肉弾戦で勝てそうにない。頭脳を活かして追い詰める展開も期待したけど、そこまでには至らず。
そこへいくと、ハビエル・バルデム演じるシルヴァは、目下対ダニエル・ボンド最高の悪役である。存在感も体格もずっしりなので、ボンドがいくらぶん殴っても大丈夫そうだし(実際はそんなに肉弾戦はなかったが)。予想から微妙に外れたところを突いてくるひねくれた策略家ぶりも、見ていて次はどうくるか楽しみになる。何より、『ノーカントリー』でも証明された、面積もパーツも大きくてしかも濃口の顔面力は最強である。
粘着質で気色悪い雰囲気を漂わせるのもお手の物。特に意味なくゲイ的アプローチするシーン然り(フィルモグラフィー上で異性にも同性にもモテモテなバルデムなので、もう男女とかどうでもよくなってる気もするのだが)。
ただ、実は一番不気味なのは、「んー?」「あぁ」といった間投詞のイントネーションや、一瞬ドラッグクイーン歩きになるといった細かい言い回しや仕草。そして、どこか壊れていながら、愛憎入り乱れた哀しさも漂う。ごんぶとの存在感と繊細な感情でインパクト勝ちしかねないという意味でも、ボンドの最高レベル好敵手である。

できる限りリアルな悪人に、できる限りリアルな肉弾戦で、問答無用で美女にモテまくるわけでもオモチャ感覚スレスレなスパイガジェットを操るわけでもない、「人間的ジェームズ・ボンド」がウリのダニエル・ボンドは、原点に戻ったのちにどう転ぶのか。希望としては、せっかくQ(ベン・ウィショーの飄々ぶりが良)が登場したことだし、少しだけ荒唐無稽なガジェットを手にして、ターミネーターな活躍で敵をどこまでも追っかけていってほしいのだが。それに、せっかくいい着地点だったので、このメンバーでもう1本は作ってほしい。ダニエル・ボンド1作目から言及されてきた、組織クォンタムの中枢に入ってみてはどうだろうか。

2012年12月17日月曜日

シアターN渋谷閉館に寄せて

求む、映画小屋の後継者。

2012年12月2日。シアターN渋谷、閉館。



7年間の歴史のうち、私がシアターNにお世話になった期間は本当に短い。
それでも、閉館は残念で仕方ないし、心底「本当にありがとう」と言いたくて仕方ない。

シアターNについて言及される際、しばしば目にする表現が「小屋」である。
場内はロビーの窓が大きくて明るいし、スクリーンもトイレも清潔で、一見「小屋」という単語のイメージからは遠い。しいていうなら、トイレの個室がなぜか若干ななめということ、また客層の男性比率が若干多いせいか、しばしばスクリーン内に独特の空気(中にいると腕毛が濃くなりそうな気がする薄ら汗臭いやつ。ピエール瀧さんが言うところの『男ミスト』)が漂っていることが、「小屋臭」のするゆえんだろうか。
ただ、シアターNを一番小屋たらしめるものというと、やはりそれは上映ラインナップだ。ホラーはもちろん、ロック映画(多くがレイトショー上映で観に行けなかったのが無念)、リバイバル上映、表現のキツさから上映が危ぶまれていた社会派……デカい稼ぎ口ではないが、映画オタク層には見たくてたまらない人々が確実にいたであろう作品の数々。上映中作品がこんなにみっちりコアな映画館、そうそう見当たるもんじゃない。残念ながら。

コレとか↓
 
最後までこんな感じ↓
 
 
そうなると気になるのが、都内でどこの劇場がこの「小屋スピリット」を継ぐのかということ。
ミニシアターは存在するが、興行収入やフィルム→デジタルへの媒体移行に伴って、徐々に数と規模を減らしつつある。『アメリ』『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』など、小粒作品のロングラン上映を生み出してきたシネマライズが、規模を縮小してしまったのも記憶に新しい。
とはいえ、シアターNは普通のミニシアターではない。名画座ともちょっと違う。普通の劇場なら上映禁止ものの問題作や、ホラーとロックというファン層がコアなジャンルをピックアップする、男気と「痒いところに手が届く」感がある。ホラーに関しては、ときにボンクラすぎてフォローしきれないものにも出くわすが、もうそれすら「しょうがねぇなぁ」で済んでしまう気の抜けた空気がある。それと同じとまでは言わなくとも、近いスピリットの映画館……と思って考えると、やっぱりなかなか思い当たらない。
自分の狭い行動範囲でいうと、『最強のふたり』のような小粒良作を発掘しつつ、『アイアン・スカイ』『ゾンビ革命』のようなボンクラ魂炸裂映画にも手が届く新宿武蔵野館(たぶん、12月22日会館予定の武蔵野館系列ミニシアター、シネマカリテも)が、近いといえば近いのだろうか。ただし、ホラーとロック色は薄いし、そんなにこっぴどいボンクラもあまり見かけないので、まだ優等生の部類のように思える。
そういうジャンル専門の映画館をつくるのが難しいのなら、せめてそれ専門のスクリーンぐらい設けておいてくれないだろうか。特にシネコンさん、2週間の興行収入という短期間高収入ばかり見てないで、小規模スクリーンの1つでも譲っていただきたいものですよ。

ちなみに、私のシアターNのトップクラスの思い出は、どうしても最近の話になってしまうのだが、『モンスター・トーナメント』&『カジノ・ゾンビ』、『インブレッド』&『血の祝祭日』(ハーシェル・ゴードン・ルイス映画祭)で4分の1日ほどをシアターNにて血みどろネタで過ごしたことである……。
 
こんな面白割引も少ないもの。迷彩服割引ぐらいは実践すべきだったかも……。

2012年12月13日木曜日

インビジブル

肉体脱いだら、モラルも脱げた。

インビジブル('00)
監督:ポール・ヴァーホーヴェン
出演:ケヴィン・ベーコン、エリザベス・シュー



①人間とは、血と臓物の詰まった肉袋である。
②人間とは、セックスとバイオレンスと嫌がらせが好きな肉袋である。
……といったところが、ポール・ヴァーホーヴェンの見解らしい。あれこれマジメに考えたら「いや、そればかりじゃないよ!」と反論したくなるところもあるだろうが、ヴァーホーヴェン級にばっちりとそこんところを描かれたのでは、「そうっすよね!!」と大いに納得したくなってしまう。あ、それを世間一般では「タチが悪い」というのか。

天才科学者のセバスチャン・ケインは、生物の透明化と復元という、国家の機密プロジェクトを担っていた。動物を用いての透明化と復元には成功したものの、より大きな名誉を追うセバスチャンは復元成功の事実を伏せ、自ら実験台となり人間の透明化と復元を試みる。
結果、透明化には成功し、セバスチャンは透明人間の状態を楽しむが、復元は動物実験と違い失敗に。しかも、研究チームの同僚たちによる復元化研究は遅々として進まない。元に戻ることができないセバスチャンは苛立ちを募らせ、ついには透明であることを悪用し犯罪に走り、憎悪を同僚たちに向ける。

透明人間といっても、すんなり身体が透き通ってくれるわけではない。薬を投与した血管から、皮膚、筋肉、臓器、骨格と順番に消える。もちろん、動物による復元実験のときには、血管から骨、臓器、筋肉、皮膚と逆に現れ、ゴリラの姿に。しかも、透明化にしろ復元化にしろ、人間にしろ動物にしろ、実験台の上でのた打ち回りながら姿を変えていくのだから、エグさ倍増。さすがヴァーホヴェン、一筋縄じゃいかない。
もちろん本当にエグいのは、透明になってからのセバスチャンの暴走劇だ。同僚女子へのセクハラに始まり、実験体の動物を殺し、不法侵入し放題、果てに向かいのアパートの女性に暴行、邪魔な人間は殺害……世界征服的な大それた陰謀を張り巡らすわけでもなく、半径数メートル以内の悪事で落ち着いてしまっているあたりが、妙に生々しい。人間から血と臓物と肉袋を取ったら、エロと暴力と意地悪しか残らないということか。セバスチャンのセリフを借りるなら、「見えない人間はモラルも透明になる」である。
かといって、肉袋をかぶっていればまだいいというわけでもない。研究チームの面々は、正直セバスチャンなしには大した成果は上げられず、またいざというとき役に立たないどころか、「それやっちゃったら死ぬだろ!」というダメな方向へ突っ走りがち。あまりのまどろっこしさにイラつかされることもしばしば。
そうなると、やっていることはゲス以外の何物でもない悪人のほうが、ダメな善人より魅力的に見えてしまうから不思議。悪人のほうが自信があって、堂々としていて(透明だもんね)、手際がいいからだろうか。あ、それを世間一般では「タチが悪い」というのか。

ところで、ケヴィン・ベーコンというと、一部の映画ファンの間では「脱ぎたがり」で知られている。『13日の金曜日』でセックス→殺されるのくだりでずっと全裸だったのをはじめ、『エコーズ』の上半身裸で全力穴掘り、『ワイルドシングス』の意味なしシャワー登場など。フィルモグラフィー通して脱ぐのが多いわけではないのに、いちいちインパクトが強いんでしょうね。
で、もちろん今回は透明人間なので、皮膚や肉まで脱ぎ捨て、しまいにはモラルも脱ぎ捨てる、ケヴィンのフィルモグラフィー史上でこれ以上はないほど全裸(これ以上あっても困るが)。本当に脱ぎたがり傾向にあるのなら、かなり満足がいく域なのでは。
透明化する直前、実験台の前で、近くにいるのが女性研究員2人(うち1人元カノ)にも関わらず全開になり、「歴史的な実験だ、目をそらすな」と言うシーンがある。マジメに深読みすると、ヴァーホーヴェン監督が人間のエグさを観客に突きつける前触れともとれるが……フマジメに深読みすると、ケヴィン・ベーコンの地じゃないだろうかと思えてしまうのだった。
……最後に何を語っているのだろう。

2012年12月7日金曜日

タイタンの戦い

「まぁ、神様だから」……で済むかボケェェェ!!! (by人間)

タイタンの戦い('10)
監督:ルイ・レテリエ
出演:サム・ワーシントン、リーアム・ニーソン



マイティ・ソー』でも触れたが、神話の世界の神様のおもな仕事は、人間に迷惑をかけること。家庭内不和とか痴話ゲンカとか、人間界では「自分とこでやれ! よそに迷惑をかけるな!!」と怒られること必至レベルのネタで。オーディンのしつけ不足と家族会議不足のせいで、兄貴は半ば勘当され弟はグレはじめ結局兄弟大ゲンカに至り、そのとばっちりで勝手に故郷をバトルフィールドにされた人間はたまったもんじゃない。
しかしそれすら、こいつらに比べれば遥かにマシだったようで。

神々と人類が共存していた古代。神々は人間の信仰と愛を糧に永遠の命を得ていたが、やがて人間は神の傲慢に耐えかねて反旗を翻す。一方神々の王ゼウスも、報復として、兄である冥界の王ハデスを人間のもとへ送り込んだ。
そのハデスに家族を殺された漁師の息子、ペルセウス。彼は人間として育てられたが、実はゼウスと人間の女性との間に生まれた半神半人(デミゴッド)だった。家族の復讐のため、人間たちを守るために、ペルセウスはハデスと魔物クラーケンに戦いを挑む。

本作は、レイ・ハリーハウゼンによる1981年の特撮映画を、技術で迫力を盛りに盛りつけたリメイク作品とのこと(ちなみに自分はオリジナル未見)。
この手の映画でありがちな話だが、技術に労力を費やしたぶん、ストーリーはあっさり気味。打倒ハデス→手がかりゲット→進む→戦闘→アイテムゲット→さらに先へ進む……というRPGなノリが目立つ。本来はストーリーの中核にいて、ペルセウスとのロマンスがあるはずのアンドロメダも、隅に追いやられている。大して面識のないお姫様よりは、そばでちょくちょく助けてくれる守護半人(?)に心が……っていうほうが自然な流れだからか。あと、鍛錬してもいないペルセウスがアルゴスの兵士よりも強いのは、「デミゴッドだから」ってことでいいのかな?
そう、作中一番あいまいなのが、ペルセウスの立ち位置。デミゴッドながら「人間として戦う」と明言したはいいが、そこに固執するあまり死にかけたり味方を失ったりで、本当にヤバくなったところでようやく神の力(およびアイテム)を受け入れるという、どっちつかず状態。対戦相手は神とか怪物なんだから、もっと早い段階で受け入れろよと言いたくもなる。人間としての誇りや強さの表れなら、どれだけ部下を失ってもペルセウスについてきた隊長・ドラコの存在(と、演じるマッツ・ミケルセンの漢っぷり)だけでも十分なので。
まぁ、神様襲来! 怪物襲来! 手に汗握るバトル!! 劇場によっては3D!!! というド迫力の絵面をみていると、制作する側の「オレはこれがやりたいんじゃぁぁぁ!!」精神は、どっちかというとこちらに費やされているようで。だったら、その大作映画の蓑を借りたボンクラスピリット、高値で買わないことにはねぇ。

それにしても、一連の大災害の原因となった神様兄弟のド外道っぷりときたら。ヒーローたるペルセウスよりも、むしろこちらに注目したくなってしまうほど。
初っ端から、兄ハデスを騙して冥界送りにするあたり、ナレーションで説明されるだけとはいえゼウス十分ヒドい。そりゃハデスも怒って権謀術数巡らす。それに、信仰と愛が永遠の命の糧といいながら、求愛を拒んだ女に呪いをかけるってどんだけワガママですか。「私は人間を愛しているので、反乱主導者のアクリシウス王しか罰しません」(意訳)といったところで、その手段が「嫁を寝取る」という地味にイヤな仕打ち。そりゃ人間もキレますって。そのくせ、愛人の子であろうと息子には甘く、ちょいちょい剣やら金貨やらしまいには伴侶(この展開にはいろいろ解せないものがあるが)やらのプレゼント攻撃。しかし、息子は貰うものは貰うけど結局お父さんには構ってあげず。正直、このダメ親父(注:神です)ならそうなっても当然のような。
弟が弟なら兄も兄。ゼウスの神像を破壊したアルゴス兵をめった殺しにするのもヒドいが、ついでに無関係だった漁師一家まで殺していくって、アバウトにも程がある。さらに、ペルセウスが自分の計略の妨げになると知るや、ゼウスの稲妻に焼かれ異形の者と化したカリボス(かつてのアクリシウス王)を差し向ける。「私まだ力蓄えきれてないから。一応パワーあげるから使っといて」(意訳)って、カリボスも隠遁生活だしそこそこ老体だろうに、どんだけ人使いが荒いのか。
一番ダメなことには、ポセイドンやらアポロンやらオリンポス十二神もいながら、誰一人このド外道ブラザーズを止められていないこと。そんな状態だから、他の神様のシーンばっさりカットされちゃうんですよ!! (Blu-ray特典の未公開映像参照)

それぞれ「私はリーアム・ニーソン(還暦迎えてますます凶暴)だ!」「私はレイフ・ファインズ(またの名をヴォルデモート)だ!」という強力免罪符をお持ちのゼウスとハデス。ある意味ではがっちり信者も押さえているので、目下最強の神様ではないかと。
まぁ、ある意味対抗馬として挙げるとしたら、洗脳・殺人・破壊行為の数々までやっておきながら、終わってみればヒーローたちに負けず劣らずかそれ以上の人気票を獲得してしまった『アベンジャーズ』のロキ……?

2012年12月4日火曜日

「ガヤスクリーン」に関する思いのたけ

ガヤガヤしてもいいじゃない(たまには)。

「上映中はお静かに」は、いつでも映画館の常識とは限らない。
例えば、世界のあちこちでやってる『ロッキー・ホラー・ショー』は、有志の素人役者がスクリーン前でキャラクターになりきったり、コスプレの観客が映画のセリフを真似したりツッコミを入れたりするのが当たり前。ここ日本でも、川崎ハロウィンで毎年のようにパフォーマンスやりたい放題上映会をやっている。
わざわざコスプレしたり演技したりしなくとも、海外の劇場の場合、観客が歓声を上げたり、悪役にブーイングしたり、スクリーンに向かって「サイコー!!!」「何やってんだよバカ!!」などツッコミを入れることがある。そのへんの様相は、『マチェーテ』のDVD/Blu-ray収録の「観客の歓声入りモード」でだいたい分かる。ド派手なアクションがあれば「うぉぉぉ!!!」裸のおねえさんが出てくれば「ひょーーー!!!」って、どシンプルなノリですが。
そういえば、最近はインド映画『ボス その男シヴァージ』でも、歌ったり踊ったり騒いだり食べたりしていい「マサラ上映会」が一部で実施されていた。インドでは上映中に踊るってのもアリなんですね。あと、『エクスペンダブルズ2』の「バドワイザー立ち飲み試写会」でもワイワイ盛り上がったようで(特にチャック・ノリスの登場に)。その場にいなかったので明言はできないが、立ち飲みみたいな雰囲気だと、気兼ねなくどよめいたりできるような気が。

個人的には、こういうノリには大いに興味がある。というか、大いにやってみたい。
劇場で映画を観て感じられる「ほかの観客との一体感」が、コメディで笑い、感動ポイントで泣けてくるってだけじゃ物足りないときもある。それこそ『アベンジャーズ』や『エクスペンダブルズ』みたいなお祭り映画は、みんなで騒ぎながら観てみると面白いだろう。ヒーローの活躍に歓声上げたり、悪役ひいきなら悪役に喝采送ってみたり。
何だったらホラー映画でも、ツッコミを入れつつ観賞してみると、恐怖を楽しむだけでなく、怖さの背後にあるおかしさやお約束事に気がつくかもしれない。

そこでですね、全国のシネコンさん。あれだけスクリーンがあるなら、上映中観客がにぎやかにしていてもいい「ガヤ専用スクリーン」を設置してくれないでしょうか。ネーミングは、マキシマム・ザ・ホルモンのライヴ企画「マスター・オブ・テリトリー」のガヤエリアから何となく拝借しただけなので、新しく考えていただいて結構ですから。
ガヤスクリーンではもちろん、騒いで観賞するのが当たり前。先に挙げたように、お気に入りキャラの登場やキメのシーンで歓声あげるも良し。どう見ても次の展開へのフラグとしか思えない行動やセリフに大声でツッコミ入れるもよし。セリフをほとんど覚えるほど愛してやまない作品の上映で、延々一人芝居繰り広げるも良し。
まぁ、「つまんねーよ!!」とか、ファンにとって不快なことを叫ぶ輩がいるかもしれない……という危険性もはらんでいるのですが。わざわざそれなりの料金を払って嫌がらせにくるっていうのも、なんだか哀しいなぁ。
 
ガヤスクリーンでもう1つやってほしいのが、昔の作品のリバイバル上映。上映権がなかったら、ブルーレイかDVD上映でもお願いしたい。名目は「名作映画の温故知新」だけど、はっきり言っちゃえば面白そうな光景が拝めそうだから
『燃えよドラゴン』でみんな奇声を発するとか。
『ロッキー』終盤でみんな一斉に「エイドリアーーーン!!!」って吠えるとか。
ハロウィン(1978年版)』で「ローリー! 後ろ、後ろぉぉぉぉ!!」って叫ぶとか。
『マチェーテ』の上映会だったら、観客にチープな紙製マチェーテ(上映後は団扇にどうぞ)なんか配布してほしいですね。で、決起のシーンとか、トレホの親爺さんのキメポーズシーンで、観客も一緒にペラペラマチェーテを掲げるとかね。
 もちろん、リバイバル上映の鉄板は『ロッキー・ホラー・ショー』!! そして願わくば『ファントム・オブ・パラダイス』との2本立て上映で!!……結局それが一番言いたかったんだけどね。

2012年11月24日土曜日

勝手にエクスペンダブルズ1

もしもガイ・リッチーがエクスペンダブルズを作ったら。

アベンジャーズ』のときもありましたよね。「日本だったらこのヒーローでアベンジャーズ作る!!」みたいなノリが。
この記事の場合、そのノリ以上に軽い……というか、Twitter上でのちょっとしたやりとりから、「もし○○監督がエクスペンダブルズを作ったら?」ネタで自分が勝手に妄想を膨らませてしまって、しかもそれがそこそこ具体化してきちゃったから、ここらで吐き出しておこうぜと。なお、このネタについてはTwitterで何度かつぶやきましたが、あれから再考していくつか変更してます。
とりあえず、生ぬるーーーく読み流していただければ幸いです。

勝手にストーリー

主人公は、ロンドン裏社会のチンピラを取り締まったり面倒見たりしつつ、ボス格に気を使う中間管理職的小悪党。面倒臭い役回りながら、仲間もいることだしなんとか上手くやってきた。しかし、あるときボスに頼まれた仕事のさなか、警察が乗り込んできて、危うく自分も仲間も逮捕されかける。トカゲの尻尾切り式に捨て駒扱いされたことにぶち切れた主人公は、仲間を引き連れてボスへの反逆を決行。一方、彼らの動きを察したボスも、屈強なチームを引き連れて迎え撃つ。
裏社会で生き残るには力も大事だが、決め手はやっぱり悪運だ!

勝手にキャスティング

ジェイソン・ステイサム:
主人公の中間管理職にしてエクスペンダブルズ(仮)のリーダー格。ツキにいまいち恵まれず、何だかんだ面倒臭い仕事を嫌々引き受けては、冷めた顔して文句たらたら。しかし、文句を言いつつ暴力要員どもを単身フルボッコにできるくらい腕っぷしは強い。
(本家エクスペンダブルズではスタローンに指示出される側なので、心もちノリノリで仲間に指示出してたり、右腕フレミングを従えてのし歩いてると面白い)

ジェイソン・フレミング:
主人公の右腕的存在にして腐れ縁の親友。大立ち回りは基本的にステイサムに丸投げする手抜き癖があるが、本人も結構近接戦に強い。密かに赤毛がコンプレックスで、ジンジャーレッド呼ばわりされると凶暴さ5割増しに。指摘しても問題ないのは付き合い長いステイサムぐらい。
(『X-Men』のアザゼルや『タイタンの戦い』のアクリシウス王など意外と剣術で戦うキャラクターもやってるもので。赤毛コンプレックスはフレミングの過去話から)

ヴィニー・ジョーンズ:
チームの切り込み隊長。バトルとなったら猪突猛進な頑強男。普段は気の利いたスラングやユーモア豊富なお喋り。ステイサムやフレミングとつるんでることも多い。仕事でコンビを組んでいるのが調子のいいトビー・ケベルなので、よくどうでもいい話で揉めている。
(ジャガーノートな活躍も見たいが、『ロック・ストック……』組のダベりも見たい)

トム・ハーディー:
力持ち要員。昔世話になったことがあるので、リーダーたるステイサムに忠実。パワーファイターだがもともとの性格はおとなしい。仕事ではイドリス・エルバがおもな相方。
(『ダークナイト・ライジング』のベインばりの増量でお願いしたい)

イドリス・エルバ:
チームの頭脳派その1。目がきくので偵察や射撃援護担当でもある(でもあくまでチンピラ集団の一員なので、プロのスナイパーというわけではない)。いつも冷静で、チーム内で揉め事が起きたときにはよく仲裁役になる。そのせいかストレスが蓄積ぎみ。おとなしめのトムと一緒だとストレスが少ないらしい。

トビー・ケベル:
チームの頭脳派その2。筋肉質ながらわりと細身で屈強には見えないが、とっさの知恵が回るのが強み。ただ、お調子者なところもあるので、しなくてもいい挑発をしてしまったり、チーム内でケンカの火種になったりするので、よくイドリスから怒られる。
(『ロックンローラ』のジョニーのキャラクターを踏襲)

マーク・ストロング:
相談役。取引や売買をやってくれる渉外役でもある。裏社会経験はステイサムより少し先輩。普段は表立ってアクションをやるほうではないが、フェンシング技に強く、ヤバくなったらその場にあるステッキ状のもので応戦してくれる。
(『シャーロック・ホームズ』『スターダスト』など剣術キャラが多いので)

アラン・フォード:
エクスペンダブルズ(仮)がいつもたむろしているバーのオーナー。飄々としていながら、実は昔その道で拷問や死体処理など怖い仕事をしていたらしい。

ロバート・ダウニー・Jr.:
顔見せ程度だが、エクスペンダブルズ側の助っ人キャラ。財力と頭脳と腕力でロンドンの不動産裏業界を牛耳る男。マーク・ストロングとはやや折り合いが悪い(『シャーロック・ホームズ』参照)。

ジェラルド・バトラー:
現在、ロンドン裏社会をおもに牛耳っているボス。それまで裏社会トップクラスにいたボス連中を旧体制として蹴落としてきた。今でも、使えないやつや気に入らないやつは容赦なく蹴落とすスパルタ男。
(当初は助っ人キャラに想定していたけど、ステイサムとタイマン張るならレオニダス王かなと)

タンディ・ニュートン:
ボス直属の殺し屋。唯一の主要女性キャラクターだが、『ロックンローラ』同様男性陣との関係性は常にサラリとしている。
(フレミングかイドリスかトビーとのタイマン勝負が欲しい)

ラデ・シェルベッジア:
ボスの参謀長兼戦力の束ね役。彼が率いるロシア人戦闘員たちは、そこそこダメージを受けてもすぐ復活してきて、なぜかなかなか死なない(ガイ・リッチー映画のお約束)。

ブラッド・ピット:
カメオ出演1。登場5分もしないうちにステイサムにぶっとばされるチンピラその1ぐらい。

ベニチオ・デル・トロ:
カメオ出演2。ヘマして殺し屋タンディにあっさり銃殺される、ボスにこっそり加担してた議員。

デニス・ファリーナ:
カメオ出演3。ジェラルドに追い落とされた以前のボスその1。

トム・ウィルキンソン:
カメオ出演4。ジェラルドに追い落とされた以前のボスその2。


もし、「私なら○○中心にこういうエクスペンダブルズ作る!!」「オレだったら○○監督のエクスペンダブルズ観たい!!」というネタで一緒に盛り上がれる友人がいたら、もうエクスペンダブルズボンクラ同盟を結成してもいいと思うんですよ。

2012年11月20日火曜日

川崎ハロウィン2012

異形スピリット開放デー。
 
Kawasaki Halloween
2012.10.28. 川崎チッタデッラ
 

いつもの商店街にこんなのがやってくる!↓

宗教的意味合いはもとより、トリック・オア・トリートも根付かない日本のハロウィン。(根付いたらむしろタカリに来られそうな気がして困るんだけど)
ただ、「今なら普段できないようなカッコして堂々と練り歩いてよーーーし!!!」なノリはそこそこ伝わってるようで。
今年も川崎ハロウィンには、オバケとホラーアイコンとヴィランズとその他もろもろが集いましたよ。

そこ退けそこ退けカボチャが通る。↓

今年のパレードにはアベンジャーズが多いんじゃないかなと踏んでいたのだが、蓋を開けてみれば『ダークナイト・ライジング』効果でバットマンやキャットウーマンが多かった。前作キャラだけどジョーカーもいたし、なかなかサマになっていたのが嬉しい。ただ、『ライジング』のメインキャラたるベインはあまり見なかったような……。あと、昨年も見かけたゴーストライダーや、スパイダーマン、密かに『X-Men』のマグニートーがいましたね。
まぁ、アベンジャーズはコスチュームが大変そうだもんなぁ。1組だけ見かけたけど、なかなかクオリティの高いスーツでした。特にアイアンマン。ハルクの無理やり感も好きですが。
そうそう、クオリティが高いといえば、口裂け女。特殊メイクが本格的で。あれは見て泣いたお子様もいらっしゃるんじゃないでしょうか。だとしたら大成功ですよ。

ホラーアイコン勢では、今年はジェイソンを結構見かけた。やろうと思えば百均のマスクででも手軽にできるからだろうか(もちろん、ホッケーマスクの汚れ具合も忠実な本格的ジェイソンのほうが多かったけど)。さすがに間違えてチェーンソー持ってきちゃった人はいなかったようで。
そのほかのホラーアイコンでは、『ヘルレイザー』のピンヘッド&フィメール、『スクリーム』シリーズのゴーストフェイス(ただし衣装に独自のアレンジあり)が記憶に。『ハロウィン』のマイケル・マイヤーズがいないのは、地味だからだろうか。まさか、知名度が低いからなんて悲しい理由では……。
しかし! マイケル以上に納得いかないのは、『エルム街の悪夢』のフレディ・クルーガーの不在!! やっぱりアレですか、火傷メイクがめんどくさいからですか!? 赤緑ボーダーセーターの入手がめんどくさいからですか!? まさか、性格の悪さで嫌われてるんですか!!??

とはいえ、ここに集ってるからには、何も本格的なメイクやコスチュームでなくともいいんです。チープでもいいんです。なんなら、もう何がやりたいのか分からないような出で立ちでもいいんです。
この日は異形が主役、異形で当たり前の日なんだから。


川崎ハロウィンの夜といえば、クラブチッタで開催される『ロッキー・ホラー・ショー』上映会(昨年の模様はこちらから)。
毎年ステージ前での有志パフォーマンスを盛り上げてくれるロッキー・ホラーファンクラブ「LIP'S」の皆様は、今年は『ゴーストバスターズ』のダンスで登場。おまけに、昨年日本版ロッキー・ホラー・ショーミュージカルで演った「Eddie's Teddy」(邦題:どあほのエディ)もパフォーム。
もちろん、上映前にはヴァージン(ロッキー・ホラー・ショー初心者)イジり「誰が一番バナナをヤらしく食べるか」競技も開催。去年も見たけど、バナナパフォーマンスのレベルの高さといい、強いキャラクターといい、ここに上がってくる皆さんはホントにヴァージンなんでしょうか? 

昨年のレポにも書いた通り、『ロッキー・ホラー・ショー』の上映中は、ノリで歓声あげてもよし。映画の内容やキャラクターにツッコミを叫んでもよし。一緒に歌ってもよし。ほとんど暗記したセリフで延々一人芝居しててもよし。「タイムワープ」は一緒に踊ることをお勧めしますが。
とりあえず、ブラッドが出てきたら「asshole(バーカ)!」、ジャネットだったら「slut(アバズレ)!」と言うのが、海外でもおなじみのお約束。日本語の場合だと、ブラッドがスコット博士を見かけて「スコッティ!」と言うシーンの直前に「ティッシュは何使ってるの?」と叫ぶとか、フランクがスピーチ中に「イエス」という直前に「ズバリ、あんたはオカマでしょう!!」と叫ぶのが定番化しつつある。また、犯罪学者を演じるチャールズ・グレイの顔の大きさが、アンタッチャブルの山崎をほうふつとさせるせいか、この人が登場するたびに「ザキヤマーー!!」「おじゃマップ!!」「あざーーっす!!!」と山崎関連のボケが殺到。ディナーのシーンで入った、リフラフとマジェンタが雑にワインを注いでまわるところで「ワイルドだぜぇ?」ってネタは、まぁ貴重な今年限定ものでしょうね。
そういえば、最前列にいたアメリカ人が、逐一お約束のセリフとツッコミを叫んでいたなぁ。あれが全部分かったら、また違う面白さも発見できるんだろうなぁ。
あ、上映終わったらまた「タイムワープ」踊ることもお勧めしますよ。というか、勧めるまでもなく踊る気満々になっていたら嬉しい限りです。
 
今年一番力入ってたカボチャ。

貞子! ビルの壁は慣れないだろうけど頑張れ!!

2012年11月15日木曜日

エクスペンダブルズ2

すべては筋肉ですが文句ありますか!! ないですね!!!!

エクスペンダブルズ2('12)
監督:サイモン・ウェスト
出演:シルベスター・スタローン、ジェイソン・ステイサム



「オレたち消耗品!! 命知らずの傭兵軍団!! 危険とか戦場とかドンと来い!!!」って感じの看板を掲げているのに、ホントに犠牲者が出ちゃうと「何してくれるんじゃコラァァ!!!!」と倍返しどころじゃない復讐に走るって、よくよく考えたらちょっと理不尽ですね。まぁ、だからこそ面白くなったんだけど。

バーニー・ロス率いる少数精鋭の傭兵軍団エクスペンダブルズは、バルカン半島に墜落した輸送機からある機密データを回収する任務を請け負った。簡単な仕事のはずだったが、データを狙っていたヴィラン率いる悪の武装集団サングに急襲され、仲間の1人が命を落としてしまう。データを取り戻すため、また仲間の復讐のために、エクスペンダブルズはヴィランを追う!!

何せ1作目から、というか企画段階から、アクション俳優ひたすら集めた筋肉男祭り!!! のエクスペンダブルズ。となれば最も重要なことは、各アクションスターが自分の見せ場をドヤ顔でキメてくれること。それを最大限に活かすには、葛藤も伏線も恋も取っ払い、ひたすら火薬と拳で勧善懲悪というどストレートな構図が大正解。ご都合主義な展開も大歓迎。なおかつ、火薬と拳のシーンは、ドッカンドッカンバキバキとど派手にやるのが大正解。
というわけで、銃撃すれば敵が血しぶきを撒き散らして倒れ、重戦車や飛行艇で突撃すれば必要以上に爆破と破壊。肉弾戦ともなれば、スタローンがカイザーナックルでぶん殴り、ステイサムがナイフを飛ばしつつ、ジェット・リーがフライパンを武器に宙を舞い、ヴァン・ダムが2連続ヘリコプターキック!ステイサムvsスコット・アドキンスという軽々動ける30代後半同士のバトルも見ごたえ十分すぎる。何より、スタローン&ブルース・ウィリス&シュワルツェネッガーが横並びで銃撃するシーンは、派手なうえに豪華で絵になることこの上なし! 
ここまで筋肉アクションメガ盛り祭りにしてくれると、楽しまなければ損な気さえしてくるものだ。

さらにニクいのは、アクションだけでもキャラの立つメンバーたちに、とんでもなく大人げないノリという魅力までプラスされていること。前回から続くバーニー&リーおよびイン・ヤン&ガンナーの仲良し口ゲンカごっこや、バーニーの特に意味なくドクロなアイテムが一例である。
しかしその最たるポイントは、CIAから来た女性マギーが今回行動を共にし、しかも廃屋で一緒に野宿するということで、妙に浮き足立つメンバーの様相。特に、相方リー・クリスマスの彼女に文句つけたりするわりには、近くに女性がいるとどうにも落ち着かない雰囲気丸出しのバーニー隊長の変化は顕著。「(人生の最後に食べる飯を選ぶとしたら)中華が食いたい」とど下手なナンパに走るガンナーはもっと顕著。「いつも男ばっかのとこに今日は女子がいるー♪」という小規模なわくわく感が漂う様はもはや中学生で、このときばかりは最強傭兵軍団という設定が遠ざかる。
また、前作で裏切り者兼問題児だったガンナーは、マサチューセッツ工科大の優等生というムダな才能の持ち主で、そのうえちっともそうは見えないお調子者のドジさんぶりを披露する、前作とはまた違った大人げなさ全開。この人の経歴は、演じるドルフ・ラングレンの実録が反映されていたりする。みんなしてシュワちゃんの「I'll be back!」をはじめとした『ターミネーター』ネタを徹底的におちょくるところも、ベタながら大いに楽しませてもらえるポイントだ。

しかし、本作を語るうえで、出番が少ないにも関わらず1、2を争う重要性を担っているのが、チャック・ノリス。自分よろしく、それまでチャック・ノリスなる人物をよく知らなかった人間にまでも、「人類最強」だの「伝説級」だのといった飾り文句を信じこませる存在感。「チャック・ノリス・ファクト」を信じようって気にさえなる。
何せ、どこからともなく現れて、どんなに大勢の敵でもたちどころに死体の山に変える。その気になればアサルトライフルで戦車も爆破できる。その表情は仏のように穏やかなままで、銃を持つ手がブレることもない。スッと来て、バーーーーーっと殲滅。それがチャック・ノリス。
こんなスゴい人を脇で、しかも絶妙のタイミングで使えるなんて贅沢は、エクスペンダブルズでしか味わえません。

2012年10月31日水曜日

マリリン・マンソン/This Is Halloween

異形の神、異形のテーマを歌う。

MARILYN MANSON
This Is Halloween('06)



マンソンが「異形の神」扱いだったり、『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』のサントラ全体ではなくマンソン単体なのは、時間短縮のためだけではなく、個人的な思い入れが強いからです。というか、プロフィールにある通り、ロック界における我が師匠だからです!

異形のものたちが主役に躍り出るハロウィン・ソングは、もともと異形の存在であるロックスターの中でもキワモノすれすれ(いやきっぱりとキワモノ?)な感じに異形なマンソンがカヴァーするのにぴったりだろう。音のほうも、ヘヴィなギターは申し訳程度で、シンセサイザーが幽霊屋敷のようなチープかつ怪しげな空気を漂わせている。「チープかつ怪しげ」は、ハロウィンを魅力的にするポイントだ。
この曲に漂うファンタジーっぽさや可愛らしさを抽出するという点では、2枚組サントラ収録のパニック!アット・ザ・ディスコのカヴァーのほうが上手いといえる。ただ、可愛らしさはにじみ出るけどベースはあくまでおどろおどろしいんだぜというハロウィンタウンの住人たちの雰囲気には、やはりマンソンの声が合う。何より、彼一人で何種類ものゴースト/クリーチャーの声が務まってしまうんだから。

本当は、マンソンがハロウィンイベントでコレを歌っているライヴ映像を貼りたかったのだが、残念ながら無理だったので、こちらからページに飛んでいただけると。代わりに、『ナイトメア…』のオープニング部分にマンソンのカヴァー版をのせたバージョンの動画↓を添付しました。

ナイトメア・ビフォア・クリスマス

異形っていうのは普通のこと。

ナイトメア・ビフォア・クリスマス('93)
監督:ヘンリー・セリック
出演(声):クリス・サランドン、キャサリン・オハラ



これは、年間を通して店頭に並ぶハロウィンであり、ハロウィンムービーであると同時にクリスマスムービーにもなる一本であり、ホラーに出てくる幽霊やクリーチャーがダメな人でも手にとれるモンスターであり、ティム・バートンファンのバイブルである。と同時に、バートンのストライプ・うずまき・縫い目フェティシズムの集大成でもある。
そうそう、この映画はティム・バートン作品にクレジットされているけれど、本作の監督はヘンリー・セリックなので、お間違いのないよう。

ハロウィン・タウンの王様、ジャックは今年もハロウィンを大成功に収めるが、その陰で毎年ハロウィンをくり返し恐怖をつかさどることに虚しさを感じていた。ジャックの気持ちに気づいているのは、密かに彼に思いを寄せているつぎはぎ人形のサリーだけ。そんなとき、間違ってクリスマス・タウンに迷い込んだジャックは、その暖かく華やかな世界に魅せられる。戻ってからもクリスマス・タウンの様子が忘れらないジャックは、今年は自分たちハロウィン・タウンの住人でクリスマスを作ろうとするが……。

ストーリーを要約すると、主人公の自分探し劇に陥ってしまうところだが、それが巧妙に隠されているのは、ひとえにダニー・エルフマンのスコアと、異形のキャラクターたちのおかげだ。
主人公は骸骨、ヒロインはつぎはぎ人形。そのほかのハロウィンタウンの住人たちも、口が裂けてたり顔がつぶれぎみだったり、というかそもそも人外魔境で、一般的な意味で可愛いとは言いがたい。でも、ハロウィンの世界では、それこそ当たり前。もっと言えば、アウトサイダーの代表格たるティム・バートンにとっては、異形が当たり前なのだ。
ハロウィンタウンの住人たちには、バートンの異形に対する愛情が詰まっている。バートンお気に入りのストライプ柄やうずまき模様や縫い目デザイン、外見とは不釣り合いなような愛嬌や優しさ、ダニー・エルフマン作の素敵な歌をプレゼントされている。そのため、一般的には可愛くないはずのキャラクターたちが、何とも可愛らしく見えてくる。
特に、ジャックは長い手足がエレガントにすら映るし、異形の王様ながら異形であり続けることに密かに悩むアウトサイダー中のアウトサイダーなところは、バートンらしさのカタマリ。サリーはパッチワークドレスがおしゃれで、それ以上にジャックに献身的な様子が泣けてくるほど健気。悪役のウギー・ブギーですら、ズタ袋な体からちょこんと伸びた手足でヒョコヒョコ踊る様が何ともおかしい。
ここでは、可愛くてきらびやかで、一般受けのいいクリスマスこそヨソ者なのだ。

なお、この映画のDVDコレクターズ・エディションには、バートンの初期短編アニメ『ヴィンセント』と、短編実写映画『フランケンウィニー』が収録。古典のユニバーサル・ホラーに影響を受けた異形愛が、顕著に炸裂しています。

2012年10月30日火曜日

ハロウィンⅡ(2010)

かぞくがいちばん(死んでるけどね)。

ハロウィンⅡ('10)
監督:ロブ・ゾンビ
出演:マルコム・マクダウエル、ブラッド・ドゥーリフ



家族愛。日本人がやたら好きなテーマ(海外がどうかはよく分かっていません)。映画業界も家族愛を売りにしたがる傾向に。
というわけで家族愛好きの皆様、こちらも立派な家族愛テーマの映画ですよ。観ててもあまりほっこりしないし、血みどろだし、やたら人死ぬけど。

ハロウィンの夜、殺人鬼マイケル・マイヤーズは妹ローリーの手で葬られたはずだった。しかし、遺体を運搬する最中に輸送車が事故に遭い、運転手らは死亡、マイケルは行方不明に。
それから1年後。トラウマを抱えたローリーは、事件のあったハロウィンの日が近づくにつれ、マイケルの悪夢に怯えるようになる。ルーミス医師はマイケルについての著書を出版し、講演で多忙な生活を送る一方で、事件の遺族に売名行為と糾弾されていた。そして、姿をくらましていたマイケルは、母親の幻に導かれ、再びハドンフィールドへと向かっていた……。

前作『ハロウィン』で、後半のスラッシャーパートに「ロブ・ゾンビのオレオレ度が低めでちょっと物足りない」と注文つけた身なので、そのオレオレじゃないパートをいっそう引き延ばした本作のほうが、どうしても前作以上に物足りなくなってしまうもので。もちろんスラッシャーホラーとしては優等生級なのだが、ロブ・ゾンビの場合、優等生になるよりも、多少ごった煮状態でも我が道を爆進していただいたほうが面白くなりそうに思える。
また、一番オレオレが炸裂していたキャスティングについても、相変わらずホラー好き的に濃い面々がそろっているのだが、だいたいが前作からの続投なので、これまたどうしてもサプライズ感が減ってしまうもので。嫁さんシェリ・ムーン・ゾンビの魅せ方にも気合が入っているが、個人的には彼女はああいう幻想的な存在よりも、生身の人間として存在し、ちょっと下品な魅力を振りまくほうが素敵なように思える。
そんな中、『悪魔のいけにえ2』のDJストレッチこと、キャロライン・ウィリアムズがいたのは嬉しい限り。また、ローリーたちのパーティー仮装が、『ロッキー・ホラー・ショー』のフランクとマジェンタとコロンビアというあたりにも、ロッキー・ホラー中毒者としてニヤリ。

前作では、人間としての背景に肉付けはされたものの、心はほとんど空洞のままだったマイケルだが、今回ロブはマイケルの心にもいくぶん肉付けをしたらしい。
それは、マイケルの原動力が「愛する家族の再生」ということ。思えば、前作でマイケルの母が家族のためにストリップクラブで踊るときに流れる曲「Love Hurts」が本作の締めくくりになるのは、「家族愛」が一貫したテーマである印の一つ。マイケルの過去と同様に、評価が割れるポイントだが、そこへ踏み込む冒険心と意欲はやはり買い。
当然だが、一般的な意味での暖かさや涙に溢れた家族の再生物語ではない(涙はあるけどね、違う意味で)。現に、ラストはバッドエンドとハッピーエンドの狭間のよう。スカウト・テイラー=コンプトンは、あのラストショットのためにローリー役に起用されたのではと勘繰りたくなる。
家族愛をテーマに持ってきながら、普通の家族観とはだいぶ違ってひねくれているあたりでは、ティム・バートンのノリに近いものがある。ロブもまた、「こんな素敵な嫁さんいるけど、オレ普通の家庭人にはならないもーん」アピールの人なのだろうか。

2012年10月25日木曜日

ハロウィン(2008)

肉付けされた亡霊。

ハロウィン('08)
監督:ロブ・ゾンビ
出演:マルコム・マクダウエル、ブラッド・ドゥーリフ



なんか分かる。マイケル・マイヤーズにもう少し具体的な背景を作りたくなる気持ち、スゲェよく分かる。何せ、オリジナルの1978年版『ハロウィン』で、誰にも気づかれずぬぼーっと佇むマイケルの姿が、郊外で行き場をなくしたアウトサイダーの亡霊に見えてしまった人間。自身もアウトサイダーたるロブ・ゾンビが自己投影したかのようなマイケル像には、大変納得がいく(あれがロブの実際の家庭環境だったってわけではないものの)。
もちろん、そこが最大の評価の分かれ目には違いない。だが、原作にリスペクトがあって、原作の重要なポイントも押さえていながら、賛否を大きく分ける要素も盛り込むという意欲があるあたり、リメイク作として優秀なほうに思える。

ハロウィンの夜に家族を殺した少年が、成長してから精神病院を脱走して故郷に戻り、実の妹を追い詰める……という基礎は、もとのジョン・カーペンター版とあまり変わらない。ロブ版のほうがいくぶんカラフルで、犠牲者数も増えて、流血描写もアップしてるぐらい。
ただし、人間として生まれてはきたのだが、しだいに亡霊のような殺人鬼になっていくマイケル・マイヤーズの「人間」の部分に、ロブはアウトサイダーの要素を用いて肉付けしていった。貧乏な家庭に生まれ、同居している母のヒモ男にはバカにされ、姉からは邪険に扱われる。学校では友だちもなく、母がストリッパー稼業をしていることでまたバカにされる。そしてついにハロウィンの日、自分を虐待してきた人々を惨殺……と書くと社会が生んだモンスターみたいだが、過酷な家庭環境と学校での状況がマイケルを殺人鬼にしたのかといわれると、それは違うんじゃないかと。
そう思うのは、ロブがマイケルの心にまでは肉をつけず、空洞のままにしたからだ。愛情を注いでくれる人(母)も、愛情を注ぐ対象(妹)もいながら、家族を殺していまう。収監されてからも母はマイケルに向き合おうとしているし、親切にしてくれる看守(ダニー・トレホ。ガチの刑務所経験がある人が語ると説得力増します)もいるのに、目を離した隙に看護士を殺害。成長して巨漢の青年になったと思ったら、護送と同時に警官を殺し、トレホ看守すら手にかけてしまう。なぜ周りの愛情が哀しいほど届かないのかは分からない。行動の説明が今一つつかない。マイケルの闇に手をつけなかったから、人間・マイケルが徐々に怪物性を増し、亡霊/殺人鬼と化す過程が保たれたのかもしれない。
「人間」マイケル・マイヤーズには自己を投影し、「亡霊」ブギーマンにはスラッシャー・ホラーの星としてのリスペクトを注ぐというのがロブの魂胆だろうか。となると、マイケルが故郷で大量殺戮をくり広げる後半がちょっと物足りないのは、ロブのオレオレ度が低めだから?

まぁ、今回ロブ・ゾンビのオレオレが一番出ているのは、何といってもキャスト。マイケル・マイヤーズに翻弄されたり殺されたりしているメンツが、ちょい役も含め実にホラーオタク向け。『時計じかけのオレンジ』のアレックス君に、『チャイルド・プレイ』シリーズのチャッキー君、女王シビル様(本名か)。『マーダー・ライド・ショー』&『デビルズ・リジェクト』からは、ファイアフライ一家のオーティスとベイビーとマザーとルーファス(これはマイケル当人か)、ワイデル保安官兄弟、アンホーリー・ツーのロンド兄貴、キャプテン・スポールディングと義兄弟チャーリー・オルタモントが出演と、もはや鉄板のロブ・ゾンビ組。こういう顔ぶれを探す遊び心は、ロブファンにとっては嬉しいところ。
あと、嫁さんシェリ・ムーン・ゾンビを魅力的なキャラにするってポイントにおいては、ロブはまったくブレないし達人ですよ。

2012年10月23日火曜日

インブレッド

これが、変態鬼畜の、モンティ・パイソン形!

インブレッド('11)
監督:アレックス・シャンドン
出演:ジョー・ハートリー、シェイマス・オニール



下に貼ったのは、本作のメインテーマ「The Inbred Song (Ee by gum)」。Ee by gumは北部の方言でOh my godだそうです。日本語訳は「こんチクショウめ」になっています。登場するメンツの顔面がインパクト大で、曲調は能天気ながら歌詞はエグいですが。ちなみに、言われなくても分かることですが、下に書いてあるのは歌詞の訳ではありません。


♪ 聞かせてやろうー 悲劇の実話をー Ee by, ee by gum!
  監督に釣られてー つい観てしまったー Ee by, ee by gum!!
(間奏)
♪ コレ語るときー ボルテージ上がるー Ee by, ee by gum!
  たぶん普段よりー ドン引きされるー Ee by, ee by gum!!
(間奏)
♪ しかもテーマ曲ー 頭っから離れないー Ee by, ee by gum!
  ついにiTunesでー 購入に至るー EE BY, EE BY GUM……!!!

……観ていて気分悪くはならなかったものの、どうやら自分は違う意味で大丈夫じゃないようです。

更生プログラムの一環として、社会奉仕活動を義務付けられた少年犯罪者たちと、引率の保護観察官。彼らがたどり着いたのは、カーナビに載っていないモートレイクという村で、住人たちはどこか怪しげ。不審に思いながらも翌日活動を始めた中、彼らは村の若者たちとモメて、挙句監察官の1人がケガをしてしまう。助けを求める少年たちと監察官だったが、パブの店主をはじめとする村人たちに捕えられ、殺人ショーの見世物にされていく。

Inbredとは「近親交配の」という意味。劇中では明言されていないが、どうやらモートレイク(Mort Lake=『死の湖』ってまたどストレートな……)の住民たちは、かつて隔離施設に収容されていた精神異常者の近親婚で生まれた子孫たちで、現在もタガが外れまくった方向に磨きをかけて繁栄中……という「はい、倫理的にアウトーー!!!」な設定らしい。全員薄汚くて(一部はあからさまに汚くて)歯並びガバガバという見た目設定もいろいろアウト。
しかし、基盤は思いっきりインモラルながら、中核となる残虐描写は、スプラッターファンからしてみるとちょっと拍子抜けするかもしれない。もちろん、普通の観点からすれば十分ムゴいのだが、「あ、あれ? 来るぞ来るぞって結構引っ張ったわりにすぐ死んじゃったけど!?」というあっさり気味に。その一方で、被害者たちが射殺や轢き逃げで村人に逆襲というところで、ずいぶんと派手に人体を破壊するサービス精神(仮)もあるのだが。
意外にあっさりな死や、ド田舎で大量殺戮系ストーリーは、ハーシェル・ゴードン・ルイス(スプラッターの始祖といわれる監督。要はスクリーンで初めて人間の内臓を出しちゃった人)の『2000人の狂人』を明らかに意識しているといえる。そのへんを知っていると、あるいはシャンドン監督の過去の血みどろ作品がビバご都合主義で結構ワンパクだと知っていると、なんとなく納得するところもあるのだが、事前情報なしのまっさらな状態で観ると辛口になってしまいそうだ。このあたりは、「変態鬼畜の最新進化系」だの「殺人オリンピック」だの「殺しのハイスコア」だの「ガマン大会」だの、ちょっと本来の筋と違ってしまった宣伝の煽り文句にも責任があるんじゃないかという気もする。

そんなわけで、私個人がこの映画で「おおっ!」と感動すら覚えたのは、スプラッター描写ではなく、ブラックすぎるお笑い部分だった。この手の映画で、まさかモンティ・パイソンを意識した笑いが見られるとは思わなかった。
和気藹々としながら殺しに興じる村人たちの様相は、和気藹々とした雰囲気でタブーなやりとりをするパイソンズ(たとえば、漂流しながら『誰を食べる? 誰に食べられたい?』談義をするカニバリズムネタ)のごとし。また、動物虐待と、逆に過剰な(そして間違った方向性の)動物愛をおちょくるところも、パイソンズおなじみのネタ。『人生狂騒曲』を観た人なら、アレで人体がパーンとなるシーンで、テリーJが演じたデブ男クレオソートを連想するだろう。何より、見世物小屋の「裸のオルガン奏者」を見たら、第3シーズンのテリーJを思い出さずにはいられない! そういえば、ボツになったパイソンズのスケッチの中に、レストランでワインを飲んだと思ったらそれは×××××だったという通称「ウィー・ウィー・スケッチ」があったらしいのだが、それに近いネタもあるといえばある。シャンドン監督、実は結構なパイソニアンじゃなかろうか。
ところで、パイソンズを観る限り、イギリス人は自虐ネタを嬉々としてやるようだけど、舞台となったヨークシャーの皆さんはこの映画をどう思ってるんだろう?

ちなみに、シャンドン監督が過去に制作した低予算ホラー『Cradle Of Fear』の予告がこちら↓。私ひいきのバンド、クレイドル・オブ・フィルスのボーカリスト、ダニ・フィルスが主役に。念のため、流血がダメな方はご覧にならないほうが。本編を観たい方は、今のところYouTubeで検索したら出てきます。字幕はありません。
あと、BGMのクレイドルの曲も、ダニのボーカルがキャーキャーしてて、ダメな方には耳に障るかもしれません。私は初めて聴いたときから大好きですが。

2012年10月22日月曜日

ハロウィン(1978)

郊外こわい。

ハロウィン('78)
監督:ジョン・カーペンター
出演:ドナルド・プレザンス、ジェイミー・リー・カーティス



行ったこともない人間が言うのもなんだけど、アメリカの郊外は見ていて怖い。同じような中産階級の家が並んでて、学校時代に成立した階級制度(スポーツができて健康的なジョックスがトップで、オタク=ギークや黒ずくめでロック好きのゴスが肩身狭い)が、そこに住み続ける限り後の人生にずっと影響する。開放的に見えて、結構な閉鎖空間だ。あれはあれでじわじわ怖いのに、そこに殺人鬼なんか放り込まれた日には……。

1963年、イリノイ州ハドンフィールド、ハロウィンの夜に、6歳の少年マイケル・マイヤーズが姉を殺害する事件が起きた。それから15年後、成長したマイケルは精神病院を脱走し、故郷ハドンフィールドへと戻る。マイケルの担当医ルーミスは彼を追跡するが、マイケルはすでに高校生のローリーに接近していて……。

スラッシャーホラーもののメインを張れる、なかなか死なない系殺人鬼の元祖、マイケル・マイヤーズ。いわばジェイソン・ボーヒーズやフレディ・クルーガーの先輩。ただし彼らとは違って、シリーズ化されたから何度も甦ったのではない。このパート1の時点で何度も甦っているのである。
過去のシーンを見る限り、マイケルはごく普通の典型的郊外住まい中産階級家庭に生まれたようだし、見た目はごく普通の男の子。しかし、どういうわけか、感情だの良心だの倫理だのがすっぽりと抜け落ちてしまっているらしい。それが証拠に、幼いころの姉殺害も、動機が何一つわからない。後のシリーズで実はマイケルの妹と判明するローリーについても、なぜそんなに殺したいのかわからない。マイケルの心はあの白マスク(裏地がカーク船長なのはマニアなら知ってますが)そのまま、トラウマも快楽もない無表情で、限りなくブラックホールなのだ。
とはいえ、もともとはただの人間のはずのマイケルだったが、終盤にくると不死身の領域へ。どんなに致命傷(もしくはかなりの深手)と思われる傷を負っても、むっくり起き上がる。まるで、マスクと心の空っぽさに、怪物性が追い付いてしまったかのようだ。

ただ、厳密にいうと、マイケルは「怪物」というより「亡霊」だ。実はマイケル、殺人やヒロインとの追っかけっこに興じるよりも、ただそこいらにぬぼーーっと突っ立って、人々(その多くは後々殺される)を見つめている時間のほうが長いのである。
大いに個人的な解釈をすると、マイケルは殺人鬼である以前に、郊外で居場所をなくした亡霊だ。チアガールだったりちょっと不良な明るい子だったり彼女いる男子だったりと、日の当たるところにいる連中は、白昼だろうと夜間だろうと、マスクとツナギ姿でこちらを凝視している異様も異様な男になぜか気づかない。マジメ寄りのローリーや、いじめられっ子のトミー少年がおもにその姿を目にとめる。郊外という閉鎖空間で、隅に追いやられがちな非・ジョックスの行き場のない心の投影が、ブギーマン=マイケル・マイヤーズにも見えてしまうのである。とはいえ、そんな心の具現化に友だちをバッサバッサと殺されては、たまったもんじゃないのだけど……。

スラッシャーの先駆けとはいっても、出てくる血は申しわけ程度だし、マイケルも犠牲者メッタ切りや首ハネなどの豪快なことは何一つやってない。ただ、穏やかな日常風景(実は閉鎖的なのだが)にいつの間にか亡霊が紛れ込み、じわじわと距離を縮めてきて殺害に至るというサスペンス要素が、シンプルな物語を最大限に盛り上げている。
さらにそのサスペンスを助長させるのが、ジョン・カーペンター自身がサラリと作ってしまったこれまたシンプルな音楽。この音楽とともに流れるラストショットの郊外風景は、実にゾクッとする。だって伝わってくるんですよ、どこかにブギーマンがいるんだって。

2012年10月14日日曜日

アイアン・スカイ

月面ナチスの大部分はオタクの夢で出来ています。

アイアン・スカイ('12)
監督:ティモ・ヴオレンソラ
出演:ユリア・ディーツェ、ゲッツ・オットー



今年のニューヨーク、マンハッタン界隈は大変だ。ワームホールから宇宙人が襲来してくるし、そのせいで核ミサイルまで飛ばされるし。コウモリでおなじみのあの街もマンハッタンあたりがモデルだとしたら、頑強マスク一派による核爆弾&都市孤立化事件まで起きたことになる。
で、こいつらも来ちゃったし。

終戦時に実は月へと逃亡してたナチスが、満を持して地球に攻めてきました。……それ以上でもそれ以下でもないお話。一応、「アメリカ保守派のやってることだって実はナチスとあまり変わらないんでない?」「ある意味もっとヒドくない?」「利権が絡めば国連だって泥仕合になるよねー」などの皮肉や、アメリカ宇宙戦艦「ジョージ・W・ブッシュ」号などのブラックユーモアがちりばめてあるが、スパイス程度。メインはとにもかくにも「月からナチスがやってきたんだーーー!!!」の一点。そしてその一点をゴリ押ししたのが大変良い。だからこそスパイスもよりよく活きる。
そのゴリ押しの最たるものこそ「鋼鉄」。月面ナチスの鉤十字要塞しかり、円盤「ワルキューレ」しかり、最終兵器「神々の黄昏」号しかり、黒ずんだ鉄や歯車がむき出しで、ゴゴゴゴゴと重々しい音を発して動く。小型・薄型とはほど遠く、洗練からはもっと遠く、スケールと重量でいっぱいいっぱい。一見、笑いをとるためにやりすぎ感で盛り上げたようだし、実際その意味もあるが、それ以上に、ムダに重厚な装備やマシンの類についガッツポーズしたくなるオタクの愛情で盛り上がっているのである。実際、この映画はWebで予告を観たファンからカンパを募って作られたのだから、月面ナチスと鋼鉄の機械はいわば映画ボンクラの結晶だ。大統領広報官改め宇宙軍指揮官には「短小コンプレックスの表れね」と切り捨てられていたが、どちらかというと中学男子的スピリット(実際の年齢・性別不問)の表れである。

なお、機械だけでなく、音楽も鋼鉄。ナチス・全体主義的イメージで批判を浴びた(もちろん確信犯)スロヴェニアのバンド、ライバッハが担当している。鋼鉄といってもヘヴィ・メタルではなく、ノイズや機械音に彩られた重々しいインダストリアル。先述の鋼鉄要塞&飛行物体にあまりにもぴったり。
愛国歌を替え歌した「月面帝国国歌」があったり、ナチス軍ではなくアメリカを筆頭とした国連宇宙軍の攻撃時に「ワルキューレ」(『地獄の黙示録』でおなじみのアレ)のアレンジ版が流れたり、終盤の最も不毛かつ皮肉なシーンでアメリカ合衆国国家の替え歌&アレンジ版が流れるなど、表現のために批判の最前線へ突っ込んでいくライバッハらしい皮肉も。ビートルズやストーンズや『ジーザス・クライスト・スーパースター』の独自すぎるカヴァー曲をやったセンスが活きている。

そうそう、ナチス軍服のヒロインというと、女王様風格だったり、露出が高くていい感じに下品なところが魅力的なタイプによくお目にかかる(下のフェイク予告に出てくるシビル・ダニングやシェリ・ムーン・ゾンビが例)。そこへいくと、ユリア・ディーツェ演じる本作ヒロインのレナーテは、どちらかというと可愛らしいタイプで、性格もピュア。おまけに声も可愛い。彼女だったら、ナチ軍服だろうとナチ式敬礼しようと演説ぶとうと、好感度が上がります。むしろ演説やっていただきたいものです。

ナチスついでにこちらも。タランティーノ&ロドリゲスの趣味企画・グラインドハウスのフェイク予告編の1つ『ナチ親衛隊の狼女』(日本語字幕なし)。フェイク予告のはずが本当に本編が作られた『マチェーテ』『ホーボー・ウィズ・ショットガン』よろしく、こちらも制作が進められると思ったが、誠に残念ながら中止に。観たかったなぁ、マッド・サイエンティストなビル・モーズリィと、素敵に方向性を見失ったニコラス・ケイジのフー・マンチュー。ちなみに、『アイアン・スカイ』で月面総統だったウド・キアーもいらっしゃいます。

↓フェイク予告『ナチ親衛隊の狼女』

2012年10月12日金曜日

ウェンズデイ13/トランシルヴァニア90210

B級ホラーの友。

WEDNESDAY 13
Transylvania 90210  Songs Of Death, Dying, And The Dead('05)



ハロウィンシーズン、毎年「無いんだろうけどなぁ」と思いつつ、つい探してしまうお菓子がある。「棺桶に入った、人骨の形をしたキャンディ」である。なんでも、頭蓋骨、肋骨、大腿骨など頭から足先まで骨格がそろっているらしい。「らしい」というからには、私自身はそんなキャンディにお目にかかったことがないわけであって。特に思い出もないわけであって。
そんなものを何で探しちゃうのかというと、「キャンディの骸骨を組み立てたら、そいつが生き返って、引き出しからナイフ持ってきて『何を待ってんだよ、オレのために殺しちゃえよ』と言った」なんて素敵にホラーでチープな空想を歌にしちゃった男がいるからですよ。

お名前はウェンズデイ13。スリップノットのジョーイと組んだプロジェクト、マーダードールズが有名。昔は、フランケンシュタイン・ドラッグ・クイーンズ・フロム・プラネット13という長ーーい名前のバンドをやっていた……と、ご本人のステージネームやバンド名からして、むせ返りそうなほどB級ホラー臭が漂うお方。もちろん曲名や歌詞もB級ホラー色豊か。M5「House By The Cemetary」とかM13「The Ghost Of Vincent Price」とか、いちいちネタが分かる人がいたら友達になりたい感じの。M7「Haunt Me」が一番直球のハロウィンソング。「ハロウィンにはホラー映画(もしくは『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』)だ! それに付き合ってくれる友達はいないけど!」な同志に発信しているように思えるのは自分だけだろうか。

B級ホラーと同じくらいウェンズデイが影響を受けたのが、元祖ショック・ロッカーことアリス・クーパー。音楽自体はキャッチーながら、クセのあるボーカルとビジュアルがポップかつ毒々しいというアリスの特色は、ウェンズデイにも当てはまる。キャッチーなロックンロールに乗っかったB級ホラーな歌詞は、チープな血糊みたいに毒々しくも鮮やか。それを歌い上げるウェンズデイのボーカルがまた、しわがれてはいるがデス声ってほどのドスや獰猛さもなく、何とも親しみやすいモンスターのよう。「親しみやすいモンスター」って一見矛盾してるようだけど、ある程度のホラー好きって、ゾンビや殺人鬼キャラのファンだったり「可愛い」なんて形容詞を使えたりするんですよ。ホントに。
そんなノリなので、「お前なんか大っ嫌いだ、死んじまえ!」「神様なんてウソだ!」「大統領に死を!」なんて少々物騒な歌詞も、可愛げのほうが勝るうえに一緒に歌いたくなるほど。実際、'05年の来日公演ではみんな一緒に歌っていた。でも、本国アメリカで毎年のようにやってるハロウィンライヴは、もっとハイボルテージなんだろうなぁ。羨ましい限り。

ちなみに、下に動画を貼った「I Walked With A Zombie」に使われているのは、ロメロの『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』('68)の映像。ついでに、曲タイトルも『私はゾンビと歩いた!』というRKOホラーから。ロメロ以前のゾンビなので、ブードゥーとの繋がりが深く、半死人だけど腐ってもいなければ人間を喰ったりもしない。むしろ美女。だからゾンビは大して怖くないんだけど、ブードゥーの案内人の異常なギョロ目&無表情の黒人には、暗がりで遭遇したくない人No.1に急浮上するほどギョッとしましたよ。

2012年9月23日日曜日

ピラニア3D

飛び出したっていいじゃないか。バカだもの。

ピラニア3D('10)
監督:アレクサンドル・アジャ
出演:エリザベス・シュー、ヴィング・レイムス



「3Dはそういうことに使うもんじゃありませんっ!!」(大いに意訳)と、本作を観たジェームズ・キャメロン先生がスゲェ怒ったらしい。しかし、これはさすがにやっちゃいかんだろうなと思うことをやりたくなっちゃう人は、世の中に必ずいますから。というかこの映画の場合、オリジナルである'78年のジョー・ダンテ監督作『ピラニア』に、中学生レベルのエログロ発想を心に秘めてる人ならまず考えちゃうことをいろいろ上乗せしたまでですから。
ただ、まさかアレクサンドル・アジャが、ここまで徹底して「やってはいけない3D」をやらかすとは思わなかっただけで……。

海底地震により湖の底に亀裂が入って、古代から密かに進化してきた凶暴ピラニアが出てきちゃって、若者が大はしゃぎのビーチになだれ込んだからさぁ大変……というだけのストーリーに、程よくアタマ悪い感じのエロと、行き過ぎじゃないかってほどのグロをこれでもかこれでもかと盛り付けまくっただけの映画。しかし、監督自身がこの手の映画が好きで、非常に分かってらっしゃる方だということは、キャスティングの上手さや小ネタの行き届き具合からしっかりにじみ出ている。
そもそも、ピラニアの第一犠牲者になるおじいさんに、オリジナルの『ピラニア』のそのまたオリジナルである『ジョーズ』のリチャード・ドレイファスを持ってくるというマニア心を刺激するネタでニヤリ。第一犠牲者なのに、肝心の襲ってくるピラニアがとってもチープなCGという狙い澄ました扱いの悪さも、この手の映画に付き物のアホさ加減を漂わせている。古代魚の専門家というより偏屈なオタク爺さんクリストファー・ロイドと、保安官エリザベス・シューで、『バック・トゥ・ザ・フューチャー2&3』のドクとジェニファー再顔合わせネタも嬉しいところ。

そんなアホや小ネタよりも重要なメインイベント、エロ。それも3Dでやるからには、最重要事項はアレだろう!! ってことに違いない、ダイナミックおっぱいの数々(立体感っていうよりはダイナミズムかも。自分で言っておきながら何の解説なんだか)。水着だけじゃなく、ノーブラのTシャツの女の子にホースやウォーターガンで水をぶっかける「濡れ濡れTシャツコンテスト」なるイベントがあるのが、なかなかいい感じにバカ。
それ以外にも、ポルノ女優2人の水中全裸レズシーンをムダに長回しとか、女体テキーラ飲みシーンをどアップでとか、3Dとエロときて考えついたことをひたすら実践したような演出が。ただし、女体テキーラのシーンでは、船酔いしちゃった女の子がデッキから吐いてしまい、飛び出すエロが一転飛び出すゲロに。血しぶきとはまた違うベクトルで、観客をのけぞらせた確信犯的悪趣味である。

しかし、もう1つのメインイベントたるビーチでの血の惨劇は、犠牲者が生きていようと死んでいようと喰われた痕が生々しく痛々しく、冒頭の安い死にざまは何だったのってぐらい容赦ない。さらには、ボートで逃げようとした人がまだ水の中にいる人々を轢き逃げしたり、高台や船が人員オーバーで転覆したりといった二次災害も発生し、追い詰められた人間のエグさがわかる。血みどろでイヤな死に方ときて考えついたことをひたすら実践した、人体徹底破壊ショーである。
ただ、犠牲になる奴らが、水着でキャッキャ遊んでイチャついて、人の忠告をまったく聞かない若者という伝統的「スプラッターホラー死んでよし要員」なのは幸い。何ていうか、ざまぁみろ的カタルシスが生まれますし。また、女の子が喰われたあとに豊胸用シリコンが漂ってるとか、食いちぎられた×××をピラニアが食ってすぐペッしちゃうとか、倫理的には笑ってはいけないのだろうが笑わずにはいられないバカ演出までご健在。あるいは先のゴアゴア惨劇シーンも、あまりに過剰すぎて、見る人によっては笑えるレベル。
なお、犠牲者の1人が遺した最期の一言「濡れ濡れTシャツ……見た…かっ…た……(ガクッ)」は、この際映画史上に残る名言として刻んでいただきたい。

これで続編『ピラニア リターンズ』が、キャメロン先生の『殺人魚フライングキラー』の黒歴史を容赦なくえぐってピラニアをガンガン飛ばしてくれたら言うことはなかったのだが、残念ながらアジャ監督を欠いた『リターンズ』はそこまでメーターを振り切れず、何とも中途半端な出来に。
エロにしろグロにしろゲロにしろ、バカをやるなら徹底的にやれということは、モンティ・パイソンの時代からの教訓なのですね。

2012年9月21日金曜日

マイティ・ソー

すべては「まぁ、神様だから」ってことで。

マイティ・ソー('11)
監督:ケネス・ブラナー
出演:クリス・ヘムズワーズ、ナタリー・ポートマン



複数の神々がでてくる神話において、神様の仕事とは、人間たちを助けたり見守ったりすることよりも、人間たちに迷惑をかけることらしい。しかも、言い切っちゃえば家庭内不和とか恋愛トラブルとか、限りなく個人的な問題で。その傾向は、舞台が現代に代わってもあまり変わらないらしく……。

神々の国アスガルドで、最強の武器ムジョルニアを操る戦士にして王位継承者として育ったソーは、傲慢な性格から、アスガルドと協定を結んでいた氷の巨人との争いを引き起こしてしまう。父であり主神であるオーディンは、罰としてソーの力を奪い、ミッドガルド=地球へ追放した。地球に落ちてきたソーは天文学者のジェーンと出会い、彼女との交流から謙虚さと優しさを学んでいく。しかし、その一方でアスガルドでは、ソーの弟ロキの企みが進行していた。

力を奪われ追放された傲慢な神……というよりも、調子こいて悪ノリしちゃったせいでお父さんに家追い出された、態度はデカいけど人懐っこくて憎めない兄ちゃんなソー。単に考えるより行動タイプなだけで、基本的には人が良くて素直なので、怒られたらすんなり聞き入れるし、傷つくとたちまちシュンとしてしまう。そのため、良くいえばストーリーがスムースに進むことになり、悪くいえばちょっとあっさりしすぎじゃないかと思うところも。神様のお家騒動で人間大迷惑ってわりには、被害が及んだのはニューメキシコの小さな町だけだったし(むしろ巨人の国ヨトゥンハイムの被害のほうが甚大)。
ついでに、パワーを失ったとはいっても、人間界のソーは一般人よりはるかに戦闘能力が高い。ムジョルニアを手にできないのは確かに神様たるアイデンティティの危機だが、そのぶんの精神的フォローをしてくれる優しい人々に囲まれている。境遇のわりに悲壮感がほとんどないのだが、近年悩みをこじらせまくっているヒーローは多いことだし、たまにはそんなに深く悩まないヒーローでもいいよ、と個人的な希望を入れておく。

そんな兄貴の代わりに、悲壮感を一手に背負ってしまったのがロキ。シェイクスピア劇出身のケネス・ブラナーが「古典悲劇的要素は頼んだ!」と全力パスしたボールを、シェイクスピア劇で頭角を現してきたトム・ヒドルストンが「任せてください!」とナイスキャッチしたんじゃないかってぐらい。
一応ソーに対する敵役であり、ストーリーの続きとなる『アベンジャーズ』でもヒーローチームに対する悪役だが、背景がやたらシェイクスピア悲劇的な暗さで覆われてしまったためか、実に人間的なコンプレックスだらけのキャラクター。しかも、ソーと違って理解者や友達に恵まれていなさそう。ヒーローと対立するにはあまりにもミニマルな動機と悲壮感は、悪としてもかなりグレーゾーンで、うっかりすると親近感の域。なお、ロキは言葉を操って相手を誘導するのが上手いので、言っていることは常に虚実が入り乱れているのだが、終盤ソーとの直接戦でもれた叫びがロキの本音だとしたら、哀しさに拍車がかかる。DVD収録の削除されたあるシーンでの一言も本音だとしたら、なおさら哀しい。
とはいえ、「そんな中学生みたいな動機でこんだけ被害を出すんかい!!」「要はおたくの息子さんたちの教育がなってないからこういうことになったんじゃないですかっ!?」とオーディンにクレームを寄せてもいい気もするが、何せアンソニー・ホプキンス。彼に物申すのは、怖いもの知らずのトニー・スタークか、ニック・フューリーこと説教叔父貴サミュエル・L・ジャクソンにお任せしたい。

ちなみに、この作品も一応『アベンジャーズ』への布石なので、S.H.I.E.L.D.とかエージェントのコールソンとかしまいにはもちろんニック・フューリーが登場する。ノンクレジットながらホークアイことジェレミー・レナーも出ている。さらに「知り合いのガンマ線研究者」「またスタークのか?」など、口頭だけながらほかのヒーローに触れるところも。あと、マーベル映画のお約束「スタン・リーをさがせ!」も……。
そして2013年末には続編『Thor : The Dark World』が公開予定。本作ではニューメキシコの一部とヨトゥンハイム、『アベンジャーズ』ではS.H.I.E.L.D.本部とニューヨークに甚大な被害をもたらした世界規模の兄弟ゲンカ、果たして第3ラウンドではどこが迷惑を被るのか楽しみ……といってはいけないだろうか。

2012年9月18日火曜日

最強のふたり

泣かせてやらない。

最強のふたり('11)
監督:エリック・トレダノ、オリヴィエ・ナカシュ
出演:フランソワ・クリュゼ、オマール・シー



「感動!!」「全米が泣いた!!」と謳われるほど冷める。試写会で涙する観客の映像が流れるCM見るほど冷める。果ては映画本編を観ても、泣かせどころにくると逆に冷める。私が天の邪鬼または鋼鉄の涙腺なだけかもしれないが、演出する側/演じる側が「はいここ感動ですよ!!!」って無理やり涙腺を刺激しようとしてるように見えて仕方ない。泣けるほど映画の価値が高まるわけではないことは、映画ファンほど熟知していると思うのだけれど、果たして制作側/宣伝側に伝わっているのかな。
涙腺を刺激することよりも、琴線に触れることが大事だろうにね。

事故で首から下が麻痺した大富豪フィリップと、スラム街の黒人青年ドリスは、フィリップの介護者面接で出会った。ドリスは介護経験もなく、3件の不採用証明があれば失業手当がもらえるからと、証明書を受け取るためだけに来ていたのだが、同情のない態度がかえってフィリップに気に入られ採用に。生活の境遇も趣味も正反対の2人だが、ブラックユーモアと皮肉を込めたやり取りは妙に上手いこと噛み合い、互いの存在が刺激になって人生に新しい楽しみを見出していく。

正反対の人間同士が出会う→ギャップにとまどいながらも友情が生まれる→そこへ新たな壁が……という人間ドラマの王道を一応通っている本作。王道からズレるポイントは、2人のぶつかり合いがほとんどないこと、立ち向かう障壁が大きく描かれてないこと、そして普通なら感動の場面にするところで笑わせようとしていることだ。
音楽や絵画などの趣味嗜好の会話はあまり噛み合っていないうえ、ドリスはフィリップの障がいを、フィリップはドリスの介護スキルのダメさ加減をギャグにする。そこにお互いムキになるのではなく、さらにヒネた笑いで返すという、ひねくれ同士のキャッチボールが実に軽妙。ストーリーが進むにつれて、2人が互いに感化し合い、周りの人々も2人に感化されていく様子が分かるあたりが、さらにユーモラスである。
そんな風に自然に相棒になっていった間柄だからか、どことなく気持ちの通じ合うところは見せても、あからさまに「団結!」というところは見せない。少々思い切った冒険に出るときも、つらさや哀しさを打ち明けるとき/察するときも、盛り上がりすぎず自然な流れ。
しかし、ときには「感動して泣けると思ったでしょ? 残念ながら笑い入ります!」と、流れを思わぬ方向に変えてしまう瞬間も。この一筋縄ではいかないノリは、フィリップとドリスのヒネたユーモア感覚と通じるものがある。
だが本当にヒネているのは、この感動させない演出が、かえってその前後のシーンをぐっとこさせる効果を高めているということ。「ここで感動ですよ!!」といわれると冷める人には、「ここ感動するとこじゃないよ!!」とアピールしてみる天の邪鬼方式なのか……。実際、結構効果てきめんでしたけど。

意外にどストレートで来たかと思ったら、するりと涙腺をかわす変化球になり、かと思えばまたストレートに琴線にかなりの一撃を入れる。王道とヒネりを懐の深いユーモアでくるんだ本作は、劇場で大勢の観客と一緒に観たほうが、暖かさもひとしおではないかと思わされた。

2012年9月13日木曜日

キャンディマン

一緒に居てあげて。

キャンディマン('93)
監督:バーナード・ローズ
出演:ヴァージニア・マドセン、トニー・トッド



「ヒロインvs殺人鬼」は、ホラー映画鉄板の構造。たいていは、ヒロインが殺人鬼から逃げきったり、返り討ちにすることが望ましい。
そんな中、数少ない例外といえるのが、この映画である。

鏡の前で5回名前を唱えると現れる、右手にフックを付けた男「キャンディマン」。都市伝説に関する論文を作成する大学院生ヘレンは、キャンディマンの噂の発生元の1つとなった団地を調べていた。その最中、ヘレンが面白半分に鏡の前でキャンディマンの名を唱えてしまったがために、キャンディマンが彼女の前に現れ、犠牲者も出てしまう。事件は傍から見ればヘレンの犯行にしか見えず、彼女は味方を失い孤立していく。

一見して怖い/ヤバい感丸出しのジェイソンやフレディやマイケルら有名どころのホラーアイコンズとちがって、右手の生々しい切断痕とフックを除けば、古風なロングコートをまとった長身黒人青年にすぎないキャンディマン。演じるトニー・トッドの顔立ちとディープボイスも相まって、やけに気品に溢れている。現れたからには犠牲者が出るものの、セックスしたりドラッグやったりする奴をメッタ殺しするわけでもなければ、お気に入りの子を楽しそうにねちねち追い詰めているわけでもない(ヘレンについては結果的に追い詰めちゃったけど)。
キャンディマンが一般的ホラーアイコンと一線を画するのは、都市伝説として語り継がれなけば、自分は無になってしまうと知っているところだ。この設定は、子どもたちの恐怖がなければ活動できないという『フレディvsジェイソン』のフレディと似ているが、キャンディマンにはフレディのような快楽性やブラックユーモアがなく、むしろときどき哀しささえうかがえる。あくまで自分の存在のために、義務的に殺戮を行っているとでもいうような。
そんなキャンディマンが唯一執着を見せたヒロイン、ヘレン。もちろん、自身の存在が「過去に起きた恐ろしい事件と、悪質な不良の蛮行に基づくただの噂」と論じられてしまってはたまったものではないから出てきたのだろうが、それ以上に、あまりにも悲惨な彼の過去によるところが大きい。そのへんを知るにつれ、無責任ながらヘレンに「そこは逃げないであげて!!」と言いたくなってしまうこともしばしば。
そうなると、気になるのがあのラスト。あれはやっぱりバッドエンドなのだろうか。それとも誰かにとってのハッピーエンドなのだろうか……。

あからさまなゴア描写がなく、ラストに向けてのカタルシスもさほど強くはないので、スプラッター/殺人鬼ものホラーとしてはやや物足りない。その代わり、誰からも理解されずに孤立していく怖さや、都市伝説を生み出す結果となる群衆の行動の怖さ、そして全編に漂う物悲しさは、キャンディマンの傷口のように生々しく、じわじわと響いてくる作品である。


↓物悲しさの最たる貢献者であるテーマ曲(音声のみ)

2012年9月3日月曜日

アベンジャーズ

本当に、これが映画だ。

アベンジャーズ('12)
監督:ジョス・ウェドン
出演:ロバート・ダウニー・Jr.、クリス・エヴァンス



ヒーロー大集合、世界の危機、敵とも味方ともスケールでっかくバトル、メカ使います、スーパーパワー使います、常人離れした身体能力も駆使します、ユーモアとロマンスを効かせることも忘れません……。
文字に起こすとベタ度が増すが、でっかいスクリーンと最高の音響で観るという映画の醍醐味をひたすらに乗せると、こういうことになるように思える。日本だけじゃなくて、世界に向けて「これぞ映画だ!」って言っちゃってもいいんじゃないか?

国際平和維持組織S.H.I.E.L.D.が保管する四次元キューブを奪い去り、異世界の扉を開けて地球侵略を目論むアスガルドの神ロキ。世界の危機を阻止すべく、S.H.I.E.L.D.長官ニック・フューリーは、アイアンマン、キャプテン・アメリカ、ソー、ハルク、そしてS.H.I.E.L.D.エージェントのホークアイとブラック・ウィドウらヒーローを集結させた「アベンジャーズ計画」を発動する。しかし、ホークアイは洗脳でロキの支配下にあり、ヒーローたちも強いエゴと不信感のため、チームは簡単にはまとまらず……。

ざっくりいえば「ヒーロー大集合祭り」がメインテーマの本作。当然、全員に活躍の場を与えなくては不満が残るというもの。
こういうとき、特殊能力組はわりと心配いらない。ソーはムジョルニアと雷を操るパワーを見せつけられるし、『マイティ・ソー』のころに比べれば、分別も身につき安定感のある存在に。
ハルクは大暴れするだけじゃなく、変身の瞬間の緊迫感や、バナー博士としての日頃の苦悩も描ける。ノーマルな状態の天才科学者ぶりも、わりと長めに見ていられる。
アイアンマンは特殊能力とはちょっと違うが、パワードスーツのカッコよさと頭脳とユーモアが特殊といえば特殊。そのくせ協調性がないあたり、一番「成長するヒーロー」として描きやすいキャラクターだ。

一方、影が薄くならないか心配だったのが常人組(といっても人並み以上の身体能力あり)だが、蓋を開けてみれば心配値を軽く上回る活躍。下手な人が描けば魅力が「紅一点」ばかりになりがちなブラック・ウィドウは、涼しい顔して無茶にもほどがあるアクロバティックな戦いぶり。
ホークアイの一見地味な弓技も、クライマックスに向かうにつれて思いがけぬ大活躍を見せ、初っ端に洗脳で敵陣に回ってしまったぶんを軽く取り返していた。
一番予想以上にいい描かれ方だったのが、キャプテン・アメリカ。「超人ソルジャー」がキャッチフレーズだが、スポットが当たっていたのは「超人」よりも「ソルジャー」としての側面。いざというときには進んでチームの指揮を執り、居合わせた警察官にも的確な指示を出し、巻き込まれた民間人を助けることを忘れない。キャップの強みは、真面目さと正義感と軍人としての経験であることを再確認させられる。

そして、彼らと違って戦いの表舞台にはなかなか出てこないが、司令官ニック・フューリーの冷徹な態度とヒーローへの信頼感も、埋没することなく存在を示している。また、『アイアンマン』シリーズ、『マイティ・ソー』に登場し『アベンジャーズ』への布石を敷いてきたエージェントのコールソンは、今まであまり見せなかったヒーロー愛を今回ばかりは隠さず。影どころか堂々たる功労者としてヒーローたちを支えた。その功労者にアレはなかろうという気もするけれど。
ただただお祭り要素を乗せまくるだけじゃなく、それぞれの魅せるポイントをしっかり押さえて描く。エピソードを詰め込みすぎず、テンポの早い流れにしたのも、この場合ポイントが高い。監督ジョス・ウェドンの完璧な仕事ぶり、あるいはオタクぶりに感謝である。

そうそう、ヒーローを引き立てる悪役として、ロキの貢献を忘れちゃいけません。
これだけヒーローが集結したら、悪役は宇宙から襲来したエイリアンクラスのやつかと思ったら(それも間違いではなかったが)、トリックスターの神だった。確かに『マイティ・ソー』からソーと義兄弟にして愛憎半ばする敵ではあったが、その動機は「親に認められたい」「兄の陰に隠れっぱなしだからちょっと仕返ししたい」「少しは兄と対等になりたい」と、極めてネガティヴでコンプレックスに溢れていてミニマル。紹介文ではしょっちゅう「邪神」といわれているが、邪悪どころか、ソーの豪快さとお人良しぶりとはまた違った親近感が湧いてくる神である。
それが今回は地球侵略という大規模な陰謀に打って出た……と思ったら、根本は相変わらず「兄への対抗と仕返し」というミニマルさ。このスケールの小ささが、世界を壊滅の危機に晒しておきながら、ロキを憎めないキャラクターにしている所以。また、発想が単純なようでいてときに予測不能な行動に出る駄々っ子は、実は結構な脅威であることを知らしめてもいる。
一応神なので「死んで終わり」という最期もなかなかつけられないし、『マイティ・ソー』の続編にも演じるトム・ヒドルストンの名がクレジットされているらしいロキ。あれだけ悲惨な(そして笑える)目に遭ったにもかかわらず、反省しているのかいないのか微妙なところだったので、彼のはた大迷惑な反抗期は、まだ続きそうな気がする。

もちろん、アベンジャーズもまだ続く見込み。観ていれば分かることだが、すでに次の悪役がセッティング済みである。スタートダッシュは上々も上々だったマーベルヒーローチーム、次の課題は「続編にありがちな中だるみをいかにして避けるか?」のようだ。

2012年8月31日金曜日

ザ・コンヴェント/ゾンビキング/処刑山 デッド・スノウ

残暑だ! ゾンビだ!! ボンクラだ!!!


暑いときには怖い話……とはいうものの、自分の体験だけでいうと、ホラーのびっくらかし演出にかえって手に汗握っちゃって、あまり背筋が凍ってくれなかったりすることが多い。あと、希望をいえば、話があんまり重苦しいと観終わったあとダウナーになっちゃうので、多少のスッキリした感はほしい。
じゃ、半分ぐらいダレながらまったり観れるおバカ系(褒め言葉)なホラーならいいんじゃね? 
そんな単純な連想のもと、残暑のお供として、個人的に選定した「3大バカゾンビ映画」をまとめて紹介させていただきたい。

ザ・コンヴェント('00)

監督:マイク・メンデス
出演:エイドリアン・バーボー、ジョアンナ・カントン



40年前、クリスティーンという少女が神父と尼僧を皆殺しにし、火を放ったといういわくつきの修道院。そこに肝試し感覚でやってきたクラリッサら学生たちだが、同じころ忍び込んでいた悪魔崇拝者の若者たちが儀式によって死霊を復活させてしまう。仲間たちが次々と取り憑かれ、弟も捕らわれたクラリッサは、今も修道院の近くに居を構えるクリスティーンに助けを求めにいく。

咥えタバコに酒フラスコの不良女子高生が礼拝堂に殴り込み、バットで尼僧をなぎ倒し、マシンガンを連射し、放火。緊迫のシーンのはずだが、BGMの「You Don't Own Me」のおかげで実にユルいテンションのオープニング。この時点で「ああ、この作品アホなんだ」と気づかされる。その後出てくる若者たちも、不良ゴス少女、いじめっ子ジョックス、チアリーダー、セックスしか頭にないアホ男、なんちゃって悪魔主義者など、鉄板の犠牲者布陣。後半活躍する、現在不良おばさんのクリスティーンを演じるのは、ジョン・カーペンター監督夫人のエイドリアン・バーボー。かつてカーペンターのホラー映画『ザ・フォッグ』で活躍するヒロインを演じた彼女に、また戦うヒロインをやってもらいたい……という監督の夢の投影なのだろうか。死霊相手に戦いを挑むわりに、武器がほとんど銃器・火薬頼みなのはご愛嬌。そうそう、実は『悪魔のいけにえ2』のチョップトップことビル・モーズリィも警官役でちらっと登場する。そこにいるだけで「こいつロクな警官じゃないな」と思わせるオーラはにじみ出ているものの、本当に「そこにいるだけ」だったのはちょっと残念。
ちなみに、パッケージに「ゾンビ、走る。」(注:尼僧と書いてゾンビと読む)と書いてはあるが、、サブタイトルに「死・霊・復・活」とある通り正確には死霊。取り憑かれると、なぜか顔面蛍光ペイント、血が蛍光ピンクになり、早送りロボットダンスのようなカクカクした動きになる、愉快で華やかな死霊。そして最終的には、男女を問わず尼僧の格好になる。つまり、これは尼僧ゾンビではなく、死霊の尼僧コスプレなのだ! ……どっちもイヤか。


ゾンビキング('03)

監督:ステイシー・ケイス
出演:ジュールス・デローム、ジェニファー・トーム



なぜか近未来。人気No.1ヒーローレスラー(覆面)のユリシーズは、恋人(覆面レスラー)のメルセデスとその弟(覆面レスラー)ブルーセインツと海辺の家で再会し、自分の弟子でもあった一匹狼レスラー(覆面)・ティキの試合を観に行く。試合はゾンビと戦うという触れ込みであったが、実態はティキが自分で飼いならしたゾンビを利用した八百長試合。しかし、その最中、屋外で人がゾンビに食い殺される事件が発生し、ティキの飼いゾンビに容疑がかかる。ティキの無実を証明するべく、事件解決に乗り出したユリシーズは、まもなく事件の背後に悪役レスラー(覆面)・ゾンビキングの存在をつきとめる。

たぶん監督さんは、「元WWEやWWFのプロレスラーさんたちを集めてゾンビ映画を撮りたいっ!」って、なんか思い立っちゃったんだろう。で、ゾンビ映画のルールよりも、プロレスのルールを優先したに違いない。だから覆面レスラーは絶対マスクとらないし、マスク取られたら負けだし、ヒーローレスラーは問答無用で尊敬されるしモテるし警察に信用される。もちろん見どころはすべてレスラー同士のプロレスバトル(ケガしない程度の技)。一応、ゾンビとも素手で戦うんだけど、「ゾンビか! よし、首を落としてしまえばOKだ!!」とばかりに、マネキン……もといゾンビの頭をちぎっては投げちぎっては投げで、人間相手よりはるかに余裕の勝利。ちなみに、この世界のゾンビたちは、洗脳さえ解いてしまえば(解き方もかなりアレだが)人を襲わない無害な存在になるので、すべてが一件落着したら、一緒にパーティーまでできちゃう間柄。
まぁ、ツッコミどころには事欠かない一本なんだけど、とりあえず、初っ端にでかでかと表示される「George A Romero Presents」には「嘘つけーーーーーーーっ!!!」と叫んどこう。


処刑山 デッド・スノウ('10)

監督:トミー・ウィルコラ
出演:ヴェガール・ホール、ビョルン・スンクエスト



バカンスを楽しみに雪山へやってきた医学生グループ。実はその山は、蛮行と残虐さで知られたナチスの一団、ヘルツォーク大佐率いるアインザッツ部隊が、奪った財宝を手に終戦後隠れ住んでいた地だった。その財宝を医学生たちが偶然山荘で発見し、手に取ってしまったがために、ナチス兵士の冷凍ゾンビが次々と復活、襲撃をかけてくる。

雪山を逃げ降りる女と、彼女を何かが追うオープニング。これまた緊迫のはずなのに、BGMが「山の魔王の宮殿にて」というベタさ加減に、『ザ・コンヴェント』と同じアホの匂いがする。一応、血しぶきと臓物がふんだんに出てくるので、グロテスク度は3つの中で一番なのだが、臓物の手造り感と鮮やかすぎる画面からは自主制作臭さがぷんぷん漂ってくる。酸素の薄い雪山撮影だから、人間キャストのみならずゾンビキャストまで、あからさまに肩で息してるし。
何やら権利の都合なのか、日本版パッケージでは「ゾンビ」表記ではなく「ゾムビ」になっている。確かに、ただ疾走するだけではなく、陣形も組めるし、グーで殴ってくるし、マウントポジション攻撃できるし、ナイフや双眼鏡などのツールも使いこなすし、軍人としての上下関係も活きてるし、あんまり人喰わないし、しかも一応喋れるみたいだし、明らかに従来のゾンビではないから「ゾムビ」でもいいのかもしれない。もはや「不死身の軍人vs一般人」の構図なので人間が圧倒的に不利なのだが、医学生らしく傷口を自力で縫い合わせたり、チェーンソーとハンマーで突撃したり、スノーモービルでゾムビを轢き逃げしたり、意外と健闘している。それでも両者いろいろ犠牲が出るあたり、ナチゾムビも若者たちもそこそこボンクラ。
ちなみに、パッケージのキャッチコピーは「海に行けばよかった……」。作中でも同じセリフが、しかも仲間が1人目の前で死んだ直後に出てくるのだが……そういう問題なのかよ。海に行ったら行ったで、ヴァイキングゾムビが出てくるかもしれないじゃないかよ。


どうしたって好き嫌いが分かれる映画作品の中でも、ひときわ好きと嫌いの格差が激しくなりそうな3本。B級上等、多少のアラも上等、そしてゾンビ万歳、ボンクラ万歳!! な方にはぜひお勧めしたいのですが……そういう方に出会うのもなかなか難しいもんです。